スペインから
イタリアのベネチアに一度入って
そこから
1週間のギリシャのクルーズを終えて
また、ベネチアに戻ってきました。
クルーズは、本当にいろんな経験をして
行ってよかったと思っています。
そのことについても
また、綴りたいと思うのですが
まずは、スペイン記の続きから。
バルセロナから
アンダルシアのセビーリャへと入りましたが
セビーリャは
小説のカルメンでも知られる
フラメンコの本場の街。
そして、もう一つは
闘牛で知られる街であって
スペインのイメージらしい場所です。
そこで、夜には
本場のフラメンコを見に行きました。
今まで、何度か
フラメンコを見たことはあったけれど
本場のフラメンコは、本当にすごかった!
ダンサーの方たちが
気が散るといけないということで
カメラの撮影は禁止なのが残念だけど
そこで見たフラメンコは
悲しみ、憎しみ、怒り、妬み、慟哭
その中に見え隠れする喜びや、希望
すべての感情の極まりのような
ステージに立つと、一瞬で主役になる
人間らしい感情の極みと凄み
命のほとばしりのようなエネルギーが
美しいとか、素晴らしいを超えて
私たち誰もの心の中にある
人間としての感情と共鳴するようで
見るものを心の底から
引き込んで、魅了するものだったんです。
どんな暗闇の中であっても
自分の命に対して、覚悟や責任を持ったような
凛とした生き方って美しいんだな
そんなことを感じた時間でした。
自分がやりたいからやる
相手からの見返りを求めるのではなく
自分の意思に基づけば
相手から返ってくるものは必要ない
さて、セビーリャは、街の真ん中に
カテドラル、セビーリャ大聖堂があって
小さい範囲で
のんびりと観光が楽しめる街。
このカテドラルは
世界で3番目の大きさも持っていて
大きさだけでなく、本当に荘厳なんです!
至る所に、飾られていて
美術に造詣がある方には
本当にたまらない場所なのだと思います。
コロンブスのお墓もあるとか。
そんな歴史を感じさせる教会は
一番上まで登って
セビーリャの街並みを見渡すことができます。
さて、この街は、魔女狩りが
多かったことでも知られているようです。
そしてね、この教会の隣には
敵対する王族や貴族を多数処刑した
残酷王 El Cruel と呼ばれた
ペドロ残酷王の宮殿がある、アルカサル王宮が。
残酷王って
すっごいネーミングじゃない?(苦笑)
このセビーリャは、
残酷王の話もそうだけれど
たくさんの方が、自分の命を落としたことへ
まさに、フラメンコのように
悔しさ、憤り、恨み、痛み、傷。。。
やはり、いろんな思いが
眠っているのを感じました。
そして、この教会で、瞑想をしていた時
こんなメッセージを受け取ったんです
受け取るのではなく、ただ与える
自分がやりたいからやる
相手からの見返りを求めるのではなく
自分の意思に基づけば
相手から返ってくるものは必要ない と。
相手に尽くすことも、愛を与えることも
<自分がやりたいからやっている> かどうか
私たちは、誰でも
<期待>と<希望>をもっています。
これが似たような言葉に思えるけれど
全く、違っていてね...
「期待」とは、必ず相手が存在して
相手が、自分の思うような
言動や、思いなどを返してくれる
時「期」がくることを「待」っていること
自分目線、自分の思いで
「こうなってほしい」
「こうなるに違いない」って
自分が描いたシナリオで
相手がその通りに表現してくれること
つまり、自分がしたことに対して
<見返りを待っている>状態なんです。
そして
「期待はずれ」なんて言葉があるように
自分の思っていた
反応や、結果が返ってこなかった時
自分の思うように
相手がことを進めてくれなかった時に
相手に対して失望や
がっかりするような思いを持つだけでなく
時には、
「どうしてなのよ!」と言う
強い怒りや、裏切られたという思いを持ち
恨みや、妬み、憤りを持つことこそが
<誰かに、期待すること>は
日常にもあふれていると思います。
例えばね、恋愛で相手から
「重い」って
言われることってあると思うの。
実は、私も30年前にこれがあって 苦笑
すごーく、大好きな人でショックで
その後も尾を引くぐらい、傷ついたのだけど
今、振り返ってみると、そこにあったのは
<純粋な愛じゃなかった> と思うんです。
同じ気持ちを返して欲しい、くれるはずって
自分が、相手に尽くす姿の裏に
思ってたんだなーって。
だから、
相手からすると、見返りをそこに感じたり
自分に依存されるように
重荷に感じたのだと思うんです。
これはね
子育てだって同じかもしれない。
「ママが、これだけやってるんだから」
って、言うニオイや、エゴを感じ取った時に
子どもって、すっごく反発する。
そして
まだ、反発できればいいけれど
そのママの愛の重さが
支配や、過干渉となってしまったり
「母をちゃんとやっているから
私は、価値がある人間だ」と
子どもの存在が、自分の存在価値になると
依存や支配をすることにもなってしまって
子どもの心や、成長が
潰されてしまうことだってあるんです。
でも、実はこれは
相手に尽くしているようで
「他人軸」の生き方なんです。
相手の心や、そこからの言動は
自分がどうにもできるものでもないのに
自分がしたことで、
相手が、期待通りになってくれれば
自分は、幸せになれる
自分は、価値がある と
自分の命や人生を
自分のものとして、生きていないんです
それと反して、希望とは
「希」という字も、「望」という字も
望む、こい願うという意味があるように
自分のビジョンが叶うことを
自分が望んで、こい願うこと
自分が、どう生きたいのか
自分が、どうありたいのか
自分を軸に考えているから
相手の言動がどうであろうと
たとえ、心が揺れても
ちゃんと自分に帰ることができる。
相手に尽くすことも、愛を与えることも
<自分がやりたいからやっている>
相手に、自分が望んでいること
思っていることを、返して欲しいという
自分の愛を与えることが
自分の命の尊厳を輝かせ、喜びになる
「希望」を司る獅子座には
「愛を与えること」や
「自尊心」「喜び」という意味もあります。
<愛を与えること>こそが
自分の命の喜びであり、希望である。
誰のためでもなく
自分の命の尊厳にかけて、愛することが
<自分の心の喜び>だから。
その凛とした生き方の美しさ、気高さに
この街で生まれた話のカルメンのように
自分の中にある、辿り着きたい思いと共鳴し
語り継がれる名作になるのだと思うんです。
また
獅子座の1つ前の、蟹座の学びには
「母」という心の元型があります。
これは、母が子どもに持つような
「無条件の愛」
たとえ、相手から返ってこなくても
自分の命にかけて、守りたいものがある。
ただただ、愛すること。
蟹座の神話で、巨大な化け蟹が
自分の命をかけて、異父兄弟を守ろうとした
自分の死をも覚悟して
大切なものを守ったのと同じこと。
そこには、相手を守ったら
相手に、何かをしたら
自分に、何かを返してくれるはず。。。
なんて、気持ちはなかったんです。
この蟹座が教えてくれる
無条件の愛があるからこそ
私たちは、他者に
純粋な、愛を与えることができる
獅子座的な生き方の土台になる。
獅子座は、自分の尊厳をもち
自分が人生の主役として
生きること、愛することを伝えるように
裏切られた、騙されたなどと
相手に自分の人生を引き渡すのではなく
ただ、
自分の愛を与えることが
自分の命の尊厳を輝かせ、喜びになる
そして、どんな時も
自分が人生の主役として
無条件の愛って
頭ではわかるけれど、難しいですよね。
私もそう思うのと同じで
誰もが、そう思うと思います。
それは、きっと
蟹座は、愛情深い星座だけれど
時には、自分を守りぬくために
自分が傷つくことを恐れた時に
殻に閉じこもって、相手を拒絶したり
ハサミで切りつける、排他的な性質もある。
私たちは、
無条件の愛を与えるのを
素顔の自分になるのを、どこかで恐れるのは
同じ思いを返してもらえなかったとしたら
自分の価値を認められなかったら、深く傷つく。
そう、どこかで思っていると思うんです。
でもね
自分と同じ思いを返してもらえなくても
自分の価値を認めてもらえなくても
私たちは、決して傷つかない
そう、自分を傷けるのは
<相手から、価値や承認をもらえなかった>
と、思う、自分の心。
だから、蟹の甲羅である
自分を守る、心のガードを脱ぎ去って
相手に期待をしない蟹座の無条件の愛や
自分の生き方を貫きとおした時に
私たちは、自分の人生のヒロインになる。
自分の人生を誰かに委ねて
他人軸の、脇役の人生を歩くのではなく
思うようにならない
相手の心や言動にフォーカスして
一喜一憂しながら、自分を人生を歩くのではなく
自分が、自分の人生の主役として
自分の未来へ、希望を持ち
自分の人生の舵取りを
自分軸の人生を歩くことができる
あのフラメンコの輝きのように
たとえ今、暗闇にいたって
誰かに依存や、支配をするのではなく
自分の命への愛から
自分の命の尊さ、厳かさを持てるんだ。
「期待」と「希望」
相手に見返りを求めるか、否かで
自分の幸せ度がグッと変わる
誰かに幸せにしてもらうのではなく
自分で、今すぐ自分を幸せにできるんだ
そんなことを、セビーリャで受け取りました。
に、ご参加くださっている皆様には
あなたが持っている
他者に対する、期待が返ってこないことから
辛く苦しい、手放せない思いへの封印解除をし
誰にも私たちの命の尊厳を傷つけられないことを知り
他者を自分の喜びから愛することができるよう
霊的な癒しをおこなう
シャーマニック ヒーリングをしているので
ぜひ、そんなことを感じてみてくださいね。
さて、セビーリャは
フラメンコや闘牛だけでなく
パエリヤも本場の街!
セビーリャで老舗というお店
EL 3 DE OROという
バルに、足を運んでみました。
ここでも、やっぱりサングリア。
スペインは、イベリコ豚が有名で
生ハムがどこでも本当に美味しかったんです♪

タコもすっごく柔らかい
セビーリャの
フラメンコが始まるのが22時半。
ディナーも、どこも20時過ぎからで
21時過ぎても、まだ外が明るいので
外でおしゃべりをしながら、食事を楽しみます。
美味しい食事と、会話って
本当に愛を繋ぐなあって感じる時間。
人間らしい生活って、大切だなあ。
アンダルシアは、とってもオススメです♡
は、途中からでもご参加できます。
各地でいただいた
愛についての学びと、様々な叡智を
エネルギーワークに乗せてお渡ししているので
よかったら、ぜひ毎日、受け取ってみてくださいね♪
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