息子のIGCSEという
イギリスの義務教育終了資格試験が終わって
ほっとした週末の夜。
写真は、普通の日の
週末おうちご飯で、色気はないけれど(苦笑)
ぜーんぶ、ホーチミンの
ローカル市場で手に入れた、和食ご飯。
海外にいても、日本と
そんなに変わらない暮らしができて
家族が囲む食卓が、会話がはずむ風景が
日常にあることが、本当に嬉しいんです。
そして、
ご飯を食べ終わった子どもたちが
それぞれ、自分の部屋に帰っていった後
主人と二人で飲みながら
しみじみと、話していたんです
「やっと、子供たちが落ち着いてきたかな」って。
いろんなことがあったけど
こうやって、家族で食卓を囲み続けてきたことは
本当に、よかったと思うんです。。。
思春期の子どもって
小さい頃、幼い頃から抑圧してきた感情が
様々な形で表面化する
思春期の迎えた子供たちには
ほーんとに、いろんなことがありました。
カウンセリングの学びでも
思春期の子どもって
小さい頃、幼い頃から抑圧してきた感情が
思春期になると、お子さんによって
様々な形で表面化する と、言われています。
うちの場合は二人とも
小学生の頃は割と「いい子」だったけれども
それは、今になると私が
<いい子にさせていた>
ことも、あったのだと思うんです。
それが、ちょうど二人とも
思春期に差し掛かるタイミングで
2年おきに、国を超えた転校が続いて
自分の居場所を失ったときに、その感情が噴き出した。
そこから、様々な形でどちらの子も
親にとっては、悩ましい問題を見せるようになり
「この状況をどうにかしなければ...」と
私もコーチングや、占星術にカウンセリング
スピリチュアルなども学びをしていく中で
<インナーチャイルド>という
満たされていない自分の思い、問題に気がつき
ここが子どもにも、家族にも、仕事にも
影響を与えていることに気がついていったのです。
きっと、差し迫る問題がなかったら
子どもと真剣に、ぶつかることがなかったら
本気で自分が変わろう、
あり方を変えようと、行動しなかった。
自分が変わると、子供も家族も変わっていく。
身をもって、体験させられた数年間でした。
オクラときゅうりとトマトを、酢味噌和えで。
思春期って、それまでとは違って
親から離れて、固い殻に入り込む
まさに、さなぎの時期だと感じます。
蝶々は、変容のシンボルとも言われるけれど
青虫がさなぎになり、蝶々になる時には
繭の中で身体をドロドロにとかし、美しい蝶々になる。
でも、そのさなぎの時期に
どうなっているか心配と、外からつついてしまうと
美しい蝶々に、変容することなく
中で、ひっそりと息を途絶えてしまうだそう。
思春期の子供も、まさに同じだと思うんです。
何も話さない子ども、部屋にこもる子ども
そして、時に感情をぶつけてくる子どもに対して
子どもが、自分の感情と向き合っていることを
親は、ただただ、その子のプロセスを信じて
「いつでも、ここにいるよ」と、見守るしかない。
バンコクから、シンガポールに赴任して1年後
「ホーチミンに転勤が決まった」と、主人が告げた食卓で
娘も息子も、一斉に黙りこみ
部屋に篭って出てこなくなった。
「なんでだよーーー
せっかく友達ができて
やっと、楽しくなったところだったのに...」
と、壁を殴った息子。
「女の子が、どれだけ
新しいグループ入るのが、大変かわかってる?」
と、涙した娘。
食卓が怒声で荒れた日も、涙をこぼした日も
ため息しか出なかった日も、あったけれど
子どもたちが、そのことを通して
少しずつ、精神的に大人になった。
そして、私たち夫婦も
子ども達とのぶつかり合いから
自分の生き方を考え直すチャンスをもらった。
だからこそ
親と子が、対等な関係で
親としての建前や、かっこ悪さもかなぐり捨てて
どんな感情も、本音や自分の考えも
いい形で、分かち合えるようになった
こんな日がくるなんて
その頃は、思ってもみなかったんです。
まるで、居酒屋みたいなメニュー(笑)
思春期は
ぶつかりあったり、喧嘩したとしても
精神的に一歩大人になり、次元をシフトするため
大きな壁を乗り越えて、自分の土台を作る時
主人が、そんなある時
「反抗期に、反抗するのは
脳の発達に必要なことらしいぞ」と
と、NHKスペシャルの
「わが子がキレる本当のワケ」 を見たらしく
話してきました。
そのTVによると
私たちの記憶を司る、中枢となる海馬は
思春期に、性ホルモンの影響で
神経細胞同士のつながりが増えて
記憶できる容量が
ぐーっと増大するそうなのです。
そして、いわゆる「キレる」というような
感情の爆発を引き起こす
偏桃体が、海馬のすぐ隣にあって
その偏桃体で、強く、激しい感情が生まれると
それが海馬を刺激して、記憶を強力に促すのだとか。
だから、親から見たら大変な
「キレる」という、思春期の感情爆発は
記憶力や、学ぶ能力を高める、起爆剤となる役割
その思春期があるのは、人間だけなのだそうです。
短く切られていた、サンマたち(苦笑)
「そうは言っても
毎日、その子どもと向き合うのは
本当に大変なことだと思う」と
この時期に、何よりありがたかったのは
子育ての悩みを、主人が聞いてくれたこと
真剣に関わってくれたことだと思うんです。
この時期って、幼少期の子育て以上に
自分の生き方、あり方が深く試されます。
子供のストレートで、本質をついてくる言葉から
主人も考えさせられたことがあったようで。。。
そして、その関わりから
仕事一辺倒だった生き方から
父として、男として
どうあるべきか、生きるべきかと
自分のあり方を見直す、きっかけになった
彼自身も、幼少期に
満たされなかった思いを越えてきた
そう、彼を見ていて思うんです。
本当に、ホロスコープが伝えるように
葛藤があるから、どうにかしようと思って
人は本気で変わろうと決意し、成長と変容がある
ぶつかりあったり、喧嘩したとしても
親も子どもも、精神的にさらに一歩大人になり
自分の次元を、一段上にシフトするために
大きな壁を乗り越えて、自分の土台を作る
そんな大きなチャンスでもあると思うのです。
相手と、自分の違いも受け入れた上で
自分の思いや考えを、安心して相手に伝えることで
家庭、自分の精神的土台である
帰る場所のHOMEを、しっかり作ることができる
本当に、家庭って学校のようであり
家族は、同じクラスメイトでもあり
お互い、学び合っている仲間なんだと思うんです。
親は、人生の先を歩く先輩であるけれど
育児は、育自というように
子供からも学ばせてもらうことが
たーくさんあって、子供も親から学んでいる。
そして、いつの日か
子どもたちが、家庭という場所から羽ばたいて
自立できるよう、子供を育んで
<社会のルール>を教えていくことも家庭の役割。
だから、子どもが家の中で
たとえ、キレるようなことがあったとしても
自分の感情を受け入れ、言動に責任を持つ
社会に出る前の練習 でもあると思うんです。
多くのクライアントさんを見ていて
恋愛、仕事、結婚という人間関係で悩む方に
こんな気持ちがあったらいけないと
自分の気持ちをないものにして、苦しんだり
反対に、伝え方がわからずに
相手に爆発という形で伝えてしまったりと
大人になって、
人間関係の中で、苦しんでしまうのは
幼少期や思春期において、ご両親との間で
自分の感情や思いを、分かち合えることができなかった
そんなことも多く感じています。
だから、幼少期、思春期と
家庭という安心できる場所の中で
いっぱい失敗もしながら
<自分の感情の扱い方>を学ぶこと
どんな感情があってもいい ということ
でも、どうしたら
相手の心に届くように、伝えられるか
<効果的な伝え方を体験から学ぶこと>
ここが、本当に大切なのだと思うのです。
自分の本音を、安心して伝えること
思いや意見が違ったとしても、相手を尊重でき
どちらの居場所が、なくなることがないこと
この姿を見せてあげること、体験できることが
子どもにとって、何よりの宝物になると感じています。
そして、大人になってからでも
私たちは成長し、変容することができるんです。
6月14日には
双子座で、新月が起こります。
双子座は、
自分と、相手の真実をそのままに
人によって真実は違うことを
多様性を持って受け入れることから
自分の独自の視点、時には偏見さにも
気がつくことから、自分のあり方が変わり
そこに道が開き、異なるものを繋げ統合する
自分の世界が広がる 星。
相手と、自分の違いも受け入れた上で
自分の思いや考えを、安心して相手に伝える
双子座、3ハウスが機能しているからこそ
次の星座の学びになり
6月21日の夏至のエネルギーになる
蟹座、4ハウスのエネルギーが表す
家庭、自分の精神的土台である
帰る場所のHOMEを、しっかり作ることができる
と、そんな生き方、関係性の大切さを教えてくれる。
今の自分と、もう一人の自分
心の底にある真実の声を統合する新月は
自分の真実の思いや、本当はありたい生き方を
自分がないものにしていないか、自分の心と対話する月。
停滞していた状況に、風穴を開け
今の自分を変えることができるのが、双子座のパワー。
葛藤からぶつかりあう、もう一人の自分の声や
その思いを投影する、誰かや社会の声に対して
恐れやジャッジを手放し、多様性をもって寄り添って
自分が手放せない思いに気がつき、受け入れると
自分の意識が変わって、あり方が変わり
家族や周りも変わって、自分の世界が大きく変わっていく。
大切な人だから
ずっと人生で、一緒に生きていきたいから
大切なものだから
ずっと人生で、関わり続けたいことだから
時には、ぶつかることがあったって
見かけの平和でなく、お互いの真実を尊重しあい
どんな自分とも、手を繋いでいく人とも
真実の自分で、共に生きることを決意する。
統合の道が、今ここに始まっていくのだと思います。





