昨日は、3月11日。

あの日から、5年が経ちました。

 

 

その日のことは、

当時も、そして今も

海外に住んでいても思い出します。

 

 

今日はお友達と、1つは自分のため

 

そして、もう1つには

世界の平和への願いと、

亡くなった方への思いも込めて

 

シンガポールのお寺に、お参りに行きました。

 

 

 

 

お参りに行ったのは

シンガポールの中華街にあり

 

仏陀の歯も、祀られているという

新加坡佛牙寺龍牙院です。

 

シンガポールに、いらっしゃる時には

一度、訪れてほしいなあと思う場所です。

 

 

 

 

バンコクで、

タイ料理学校に通っていた、この日

 

仲のよい友達から、

「東北や東京が、大地震みたい」

と、メッセージが飛び込んできました。

 

 

 

東京近郊にある、実家に

何度も何度も、電話をするものの

全く、両親や弟とも連絡がつかずに

 

「なんで、自分が海外なんかに、

住んでいるんだろう」

 

 

年老いた両親に対して

何もできない、悔しさや

罪悪感にかられてしまったことや

 

主人から、実家の父と

みんなの安否が確認できたと言う

連絡が来ても

 

足の震えが、止まらなかったことを

今でも覚えています。

 

 

 

 

 

 

実家のある地区は、液状化がひどく

年老いた両親を心配し

日本に帰ろうかとも、思ったのですが

 

 

「幼い子供達を

連れて帰っても、大変になるから

帰ってこなくて大丈夫」

と、言う両親に

 

いろんな気持ちが、こみ上げながらも、

やはり、断念することに。

 

 

 

「母国のために、何か自分に、

 できることは、ないのだろうか」

と、思いながらも

 

「海外にいる、自分に

 一体、何ができると言うのだろう」

 

自分の無力さで、いっぱいでした。

 

 

 

そんな時、

子供の学校の、日本人ママから

 

「被災地に義援金を送るために、

 Tシャツを作って、販売する」

 

と言う、ボランティアのお誘いを受けたのです。

 

 

 

「普通の主婦が

 Tシャツを作って、販売する⁈」

 

この考えが、全くなかった私は

本当に、びっくりした話だったのですが

 

その気持ちに、深く賛同し、

お手伝いをさせていただきました。

 

 

 

 

 

「HELP HEAL PRAY FOR JAPAN」

 

そう、書かれた

タイ人の方が、デザインしたこのTシャツが

「クール」と、人気だったこともあるけれど

 

 

日本人主婦たちが、始めた活動が、

どんどん、どんどんと大きく広がって

 

タイのメジャーなTV局が主催する

東日本大震災のための

チャリティイベントにも、参加することにもなり

多くのタイ人の方が、足を運んでくれました。

 

 

また、このイベント会場に来ていた

ミス・タイランドや、タイの芸能人の方々も

このTシャツ販売に、自ら参加して下さり

 

多くの収益金を、被災地に送ることが

できるようにまで、なったのです。

 

 

 

 

 

 

「自分の、今の状況を考えたら

 なにも、することなんてできない。。。」

 

そう、思っていた私に

 

 

「心から本気で、 

 自分が、何かをしようと思ったら

 何だってできるんだ!」

 

と、言うことや

 

 

 

近くの屋台の、おじさんたちまでが

「日本は、大丈夫か?

 両親や家族、友達は、何もなかったか?」

 

そう、心配して声をかけてくれたり

 

 

バンコクに住む、外国人たちも

いろんなイベントの、収益金の一部を

義援金として、寄付してくれたり

 

 

「人種や言葉は、思いを超える。

 世界はこんなにも、愛に溢れていて

 一つなんだ」

 

と、言った暖かな思いは

 

一生、忘れることはないと思います。

 

 

 

 

 

 

「家族、世界中のみんなが、

 命を輝かせて

 自分を生きることへ、進めますように」

 

 

バブル時代の、申し子だった私は

昔であれば、お願いしたいことが

それこそ、いっぱいあったのですが、

 

だんだん、歳をとってくると

欲が、少なくなってくるのか(笑)

 

いや、その現実的な欲を果たしても

満たされない思いを、体験してきたからこそ

 

 

当たり前に思える

世界が、平和であることや

 

みんなが健康で、暮らせることが

どれだけ幸せなことなのか

 

気がつかせてもらうように

なったのだと思います。

 

 


 

 

 

東日本大震災を始めとする、天災も

自然を目の前に、どうすることもできずに

心を痛めるばかりなのですが

 

 

海外に住んでいると

日本では、考えられないような

 

どうしようも、避けようがないことに

出くわすこともあります。

 

 

 

2001年9月11日以降、しばらく

毎年のように爆弾テロがあった、インドネシア。

 

 

日本人の多く住む、ジャカルタのエリアで

普段、いつも通っている路上での

爆発テロがありました。

 

もしかしたら、自分がその爆弾テロに

巻き込まれた、可能性だってあったのです。

 

 

その時に、友達が言った

今でも、忘れられない言葉があります。

 

「いつ、どこで、何が

 あるのか、わからないのだから

 

 もう、毎日、楽しく、

 一生懸命、生きるしかないわ」と。

 

 

 

そして、また、この2ヶ月ほど前

ジャカルタで、爆弾テロがあった時

 

たまたま、そのビルの反対側にいたという

その彼女が、Face Bookで書いていた言葉が

 

 

「世界中、どこにいても、

 危険がいっぱいです。

 命ある限り、元気に楽しく

 一生懸命、生きたいと思います。」

 

 

自分の置かれた環境に

愚痴一つ、こぼすこともなく

 

自分の身を、嘆くわけでもない

この、潔さ。

 

 

ああ、

「10年前と、全く変わってないなあ」

と、何だか、嬉しくなったのと同時に

 

 

みんなの、彼女へのコメントを見ていて

 

 

どこまでも、自分の命に真摯で

「一生懸命、生きる」その生き方こそが

 

どれほど、多くの人を勇気づけ

こんなに、力づけることができんだ

 

 

私も、その生きる覚悟と

生き抜く力を、もらったように感じました。

 

 

 

 

 

あれから、5年経ちましたが

自分に、何ができたのかは分かりませんし

 

また、何もできていないようにも感じます。

 

 

それでも

 

私たち、一人ひとりが

自分という、命の花を輝かせて

 

自分を、どこまでも生きぬくことが

今、私たちに一番できることなのだと

 

 

改めて誓った、そんな1日になりました。