昨日の続きです
金剛杵に手を置いている間
様々なビジョンが走馬灯のように次々と浮かび
その事について阿弥陀如来様は話かけてくれていました
ですから前回の記事にも書いたように
周りに人がいないようでしたら撫でるよりも
手をあてるように置いてみられる方が体感しやすいかも知れません
小野市の浄土寺は神仏習合で境内にある八幡神社の拝殿で手を合わせていると…
いつどのような時でも清い心でおれるのならば
苦しまずにすむのであろうなぁ
しかしそれができぬのが人の道というもの
その為にこのような場所(神社仏閣)があるのだから
辛い時には甘えればよい
遠慮をせずに頼ればよいのだぞ
いつでも会いに来ればよい
とおっしゃられていました
勝手にシリーズ化してすみません
次回最後に続きます
💦
