先生には、たまに祖父の事を聞かれた。


お嬢さん、君がアラビア語をしているのは、もしかして大先輩(祖父)も勉強されていたのか?


と、聞かれた。全く関係がなく、祖父はアラビア語ではなく、70年代頃にはペルシャ語をしていたみたい…と言ったら…


ペルシャ語?と不思議がられたから、当時はイラン関係の仕事が多かったみたい…と言った。パフラヴィー国王の特使の通訳(英語)とかもしていたみたいだから。と言ったら…


君、それさ…普通に言っているけど。一国の代表の通訳ってかなりな事だよ。と、言われたけど、あまりピンとこなかった。祖父もシレって言うてたから…。👾宇宙人の母親も言うてたけど。イランやったか…イラクやったか…もう、その時点で話にならなかったし。


湾岸戦争の時は、ホワイトハウスに戦争をやめるように手紙を書きなさい。と、宇宙人👾(母親)に迫られた。💧  


先生、コケてわろてはったわ。


君のご家庭だけど。ユニークすぎて…。デレデレ


結局、祖父は、宗教学の関係で晩年は、あれこれ色んな言語を勉強したみたい。なんか、そんな事は言うてはった。切手を集めていたから、切手をくれ…と言ったら、イランの切手がかなりあったのが印象的だった。その頃の写真も、イラン人と写っている写真がなんだか多かった。 


ラテン語と古典ギリシャ語をしなさいといわれたけど、そこまで私は手がまわらなかった。ラテン語はかじっただけで…。💧


そんな話をしたら…


君さ、後をついであげなさい。天国で、喜んでいらっしゃるよ。と、先生には事あるごとに言われた。


俺が鍛えてあげるし、将来のバックアップは必ずしてあげるから。それは、俺の義務だ。でも、学問以外の事は、俺の君への気持ちだ。


と、何度も言われた。学生冥利に尽きる言葉やわ…と何度も先生には言うた。当時の私は、祖父関係でよくしてもらっていると思っていた。


祖父の恩師に関しては、色んな逸話があった。有名だったのもあり、それは先生の世代では語り継がれていた事だった。私が、〇〇先生、こうだったんだってーと笑いながら話をしたら…


それさ、本当だったんだ!と、笑いながら感動してくれはった。


今回、画家さんがイラン、イランと言いはるから。フッとまた色々と思いました。