がんばって、見栄はって
何かを付け足すためにがんばるのは
もうやめよう




そう決めて、怖いけど
ストップしてみて見えてきたこと。








一つは、



自分で決めてこなかったな



ってこと。




「自分で決める」

と言って選んでいたようで
実は、周りや雰囲気に合わせて
こっちだよね!?って感じに




ここでこれを手に取らなかったら
ダメ!と選択肢があるようでない中で
続けてきた気がるする。





ブレーキなんか踏んじゃダメだ!


ってお尻叩きながらがんばってた。
きっと自分も周りもわかってたんじゃ
ないかなっ…て今思う。




純粋に自分で選ぶって難しいよね。




選んでいるつもりでも、
知らず知らずのうちに周りの意見や
流行りが刷り込まれているし、



自分の中の特別視されたい、とかいう
欲から選んでいることも多々。




とある渦のなかにいると
渦のなかにいることすらわからず
見えなくなるんだよね。




俯瞰して、一歩渦の外から
余計なフィルターを外して見る。




わかっちゃいるけど
ほんとに意識しないとむずかしいなぁ。










ま、



進むのやめる
このままがんばるのやめる
休む



って決めたこと。




止まったら私はどうなるんだろう?
自分に呆れてしまうだろうか?
自分にがっかりするだろうか?
落ち込んで立ち直れないだろうか?





そんな不安もあったけど
意外と気楽でほっとしてる。




変に戦わなくてよくなって
力が抜けたのもあるし、




「自分で選んだ」
という感覚もあるのかもしれない。



進むにしろ、やめるにしほ
何をするにしても
「正解・不正解」はなくて




自分で決めて、選んで、
どんな結果でもよしとしていたら
それで満足で清々しい気持ちになるのかも。





そんなこともまた忘れてしまうけど
何度でも思いだそう。




菅原ゆきこ