ごきげんさまです
断捨離®提唱者やましたひでこ公認
断捨離トレーナー つじけいこです。
人間は、いずれにしろ、
何かしらの集団の中で生きている。
私も、有り難くも、いくつかの集団に
ご縁をいただいている。
雇用関係、主従関係といった上下関係ではない、
フラットな場も。
そこで飛び交った「申し訳ありません」の言葉に
私は、違和感を感じていた。
もちろん、謝罪の言葉とは、
人間関係をスムーズにするものだ。
対等な立場であっても、
相手に迷惑をかけたなら、
「申し訳ありません」と詫びるだろう。
けれど、ふと…こう感じた。
私たちは、その言葉を
単なる『慣例』『習慣』で使ってやしないだろうか…?
参加しないことに。
準備に間に合わなかったことに。
片付けをやらなかったことに。
誰かが詫びたから。
自ら「申し訳ありません」と枕言葉を使う時、
自分の無意識の中には、どんな思いがあるのだろう?
それを自分で気づく前に、
単なる慣例・習慣として、
簡単に言葉を発しているのではなかろうか?
相手への詫びなのか?
はたまた、自分へのエクスキューズ(言い訳)なのか?
自ら、無意識に必要以上の上下関係を作り出してやしないか?
私自身、長年、そんな風に生きてきていた。
相手の不機嫌は、自分が悪いから。
他者に迷惑をかけてはいけないから。
相手のペースに合わせられないのは、迷惑なことだから。
相手を不快にしないように。
やらない自分の言い訳に。
相手が上で、自分が下。
謝ってしまえば、
その場を穏便にやり過ごすことができるから。
そんな自分の無意識にあるものに気づくこともなく、
ただの身体反応(習慣)で、
「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ありません」を発していたっけ…(^_^;)
無自覚な【口癖】だったろう。
人間の社会生活上、
もちろん、そうした謝罪の言葉は必要なものだ。
ただ…
自分の無意識にある思いに気づぬままに、
習慣で多用していると…。
やがて、自分が腐っていく。
『いつでも謝るべき自分』
↓
『常に他者の迷惑である自分』
↓
『価値のない自分』
こうして、自己否定を塗り重ねていくことになる。
そんな自分の習慣に、
断捨離®の学びと実践で気づいてきた。
簡単に先に謝罪する習慣は、やめにした。
その時・その場に必要なのは、
謝罪か感謝かの見極めの方を習慣化したい。
けれど、身体に染み付いた習慣ってのは厄介で。
何気なく無自覚に出していることは、まだまだある
…
引き続き、お稽古、お稽古!笑
断捨離®は自己探訪
…と、提唱者やましたひでこは言う。
何気なく発する言葉に、
『自分』を見つけ出して行こう
「着物を持っているけれど、着ていない」方へ
着物を着て楽しむ体験をご用意しています。
着物を纏うことは、
自分を大切にする感覚を呼び起こしくれますよ。
ぜひ体験してみてください
自分で着られない方の為に、
気軽にチャレンジしていただけるよう、
着付オプションもあります
「着物を着てみる」トライも
人生を愉しむ行動力アップのお稽古になります!
<第3回>
残席1
【ブログde断捨離】第一弾まとめ記事
★★サービスのご案内★★
、





