4月もおしまい。
みそか詣でに 近くの神社へ。
ゴミ出しに行ったので、そのまま足をのばしたの。
桜が散ってる 桜風吹の中の🌸散歩。
境内に入ったら くしゃみが止まらなくて、、クチュンクチュン😫
そこであるミッションが途中になっているのを思い出す。
そっか それ思い出すために来たんだね。
神様にお礼と感謝。波乱の多かった4月でしたが、無事過ごせたことへの感謝。
細やかに軽やかに幸せにすべてを超えて 次なる次元へと行きます。
と後押しお願いしてきた。
近くの空き地に 石像があって見に入ってみたら、
不動明王や御嶽山信仰の文字が書いてあった。
昔は行者さんたちが祈っていた場所だったのかな?
その北側の敷地には 小さな薬師堂のほこらとお地蔵さんたち。もしかしてお墓かも。
とある会社の敷地の中 北東の鬼門のところに大きな桜があり、その根元に石のほこらがある。
会社の守り神様だね。きれいに清掃されている敷地は気持ちいい。
ほんの5分歩いただけで あらためて いろんなほこらや石像があるなあと思った。
昔は 神様と人の距離が近くて、身近に神様の存在を感じる場所があって、そこに祠をつくって、
暮らしの中で拠り所としていたんだろうなあ。
そんな先人たちの思いや暮らしのエネルギーも感じつつ、歩いた。
コロナのことがなかったら どんどんどんどん 外へ外へ出かけて行って、
旅行、ビジネス、世界へと グローバル化の中で、目まぐるしく忙しく、お金に支配されて
お金のために働く世界が当たり前になっていて、外の世界に素晴らしいことがあるはずって
次々に探し求めて、でも満足することなく、次から次へと。
違和感を感じている人も沢山いただろうに、止まることができない。
そんな世界だったなあと あらためて思う。
本当に望む生き方って こういう世界なの?
今、自分への問いかけをする。
いろんなところへ行けなくなって、近くに目を向けるようになって、自分に目をむけるようになって、
本当にたくさんの恐れ、不安があるんだなってしみじみ思った。
不安で心にしまっていたものが、パカって現実にあらわれて、
揺さぶられて、泣いて、怖くて 震えて そんな自分を抱きしめて感じきった。
不安が訪れた時に ああ不安なんだね。
って言葉に出していってみるだけで、
私の中の不安は認められてホッとして、ほどけてそこにスペースができた。
恐れもそう。怖いよね。わかるよ。って声をかけるとホッとゆるむ。
感情はあることを認めてほしくて、ただわかってあげるだけで、
私とひとつにとけてゆく。そのたびに自分の光が強くなるのを感じた。
つらいことがあると、旅行したり、コンサート行ったり、人と会ったり、はたまたテレビをみたり
ネットをみたりしてごまかしてきたんだなって思う。
外の世界の美しさを探して、自分の闇から逃げてたんだなって思う。
ネガティブだと、闇だと思っていたことは 認めてしまいさえすれば
私の中で恩寵となって、私を照らす光だったなんて。。
はせくらみゆきさんが 今の地球は 恐れと不安の周波数の中で 活性化する、進化しようとする
という領域にあると言っていたが、本当にそうだなと思う。
そういう集合意識の中で 私も そういう感情があるからこそ 変化しようと変容しようとしていたのかもしれない。
でも もう そういうのは 嫌だよ。もうさんざん味わってきたんだもの。
こうなったらとことん感じ切ってやる とも思うけど、
本当はもっと軽やかに行きたいよ。
古い地球の生き方を脱ぎ捨てる時がきてるんだよなと思う。
魂そのものの私を どんどんこの美しい地球と宇宙にむかって発信していきたいよ。
私はここにいる!わたしを見て! って魂がさけんでる。
私を見て!って発信するって怖い。ビビる。
でもそう思ったら、思ったことも全部出してゆこう。
そんなことを思った4月でした。
ありがとうございます。