最近、ちょっと感じることは、
やけに物分かりいい人が多いな~、って。。
それでほんとに納得できちゃうの!?
え、え、もう、それで「幸せ」頭打ち!?
私、自分がものすっごい分からず屋で、
往生際悪くて執着心が強いタイプだったから
(今でもだけど)
なんか違和感感じちゃうんです。
あなたは何があっても、今のままでも大丈夫。
今のあなたの状態を「幸せ」というんだよ。
そう。
それはほんっとにそうだと思う。
不変の真理だと思う。
でもね。
そっか、私、このままで大丈夫なんだ。
今の私のこの状態を、幸せっていうんだ。
そうだよ、その通りだよ。
そのままで大丈夫だし、
その状態を幸せと呼ぶんだよ。
でもでもでも。
ほんっとーに納得できてる?
大丈夫なんだー、幸せなんだー。
じゃあよかった~。
って安心して幸せを感じられて、
実際、楽に生きられてますって人はいいとして。
(前に比べたら…っていうのは、
それたぶん、ほとんどの人そうだから、
比較とか関係なく、今、自信を持って言える人ね)
これが、幸せってこと、なん、だよ…ね?
って、誰かに確認したくなっちゃう人、いない?
真夏の暑っつーい炎天下からクーラーの効いた部屋に戻って、
アイス食べて「冷たーい!」って思う時。
真冬の吹雪の中から帰ってきてストーブにあたって
「あったかーい」って思う時。
これが冷たいってこと?
これがあったかいってこと?
なんて、確かめなくない?
だって冷たいし、
だってあったかいし。
もしもそれを感じられないことがあるとしたら、
熱中症で意識が朦朧としていたり、
凍傷を起こして感覚が麻痺してたりする時だよね。
「大丈夫」や「幸せ」にも、
それと同じようなことが起こってない?
あなたの望みが「大丈夫であること」「幸せであること」ならば、
それはもう最初から叶ってる。
何もしなくたって、そのままで叶ってる。
アイスは冷たいし、
ストーブはあったかい。
それは疑いようのない事実です。
でも、冷たいはずのアイスを冷たいと思えなくて、
あったかいはずのストーブにあたってるのに暖まってる気がしないとしたら、
それでもいい?
事実は事実としてそこにあるけれど。
アイスは冷たい(私は大丈夫)、
ストーブはあったかい(これが幸せ)、
と頭では理解しているけれど。
本当の望みは、事実が事実であることよりも、
自分が実感を持ってそれを感じられること、ではないですか?
そんなに物分かりよくなくていいよ。
もっとジタバタあがいたっていいよ。
ほんとは納得いってないの!って。
私が思い描いてた幸せはこんなもんじゃないの!って。
もっとちゃんと幸せになりたいの!って。
心理の世界を知る前に、言われたことがあったよね。
どこに行ったって嫌な人はいるもんだよ。
みんな多かれ少なかれ我慢しながら生きてるんだ。
そういうもんだよ、人生なんて。
そうやって無理に納得させられて。
でも、
でもでもでもでも!
って、心の底からは納得なんてできなくて、
勇気を出してこっちの世界に飛び出してきたんだよね?
あの時の周りの人たちと同じこと、
今、自分に対してやっちゃってない?
そう思うようにしなさい、って。
無理に自分を納得させようとしてない?
もういいじゃん、分からず屋の聞かん坊で。
頭ではわかってるけど本当はどこか納得いってないなら、
そんな自分も認めてあげようよ。
「足るを知れ」って言われちゃうのが怖い?
でもその人だってね、
あなたがアイスを食べて「冷たくないの」って言ってたら、
ストーブにあたっても「少しもあったかくならないの」って言ってたら、
ちゃんと異変に気付いてくれるんだよ。
熱中症の時も凍傷の時も、
自分じゃわからないからね。
だから本当のことを言おう。
大丈夫。
どんなあなたでも大丈夫なら、
分からず屋で聞かん坊で、
「大丈夫じゃない!」ってジタバタもがくあなただって、
大丈夫だから。

