その女の子のおうちには、不思議なキャンディーがありました。


食べても食べてもなくならない、とっても不思議なキャンディー。


女の子のお母さんから、お母さんのお母さんから、そのまたお母さんから、


代々受け継がれてきた、不思議な不思議な魔法のキャンディー。





不思議なのは、なくならないことだけではありません。


そのキャンディーを食べると、とーっても喉が渇くのです。




「喉が渇くといいことがあるの?」




首をかしげる女の子に、お母さんはコップのお水を飲ませました。


ゴクゴク。普通のお水です。


けれども、魔法のキャンディーを食べたあと、もう一度、同じお水を飲むと…




「……おいしい!!!」




女の子は、目を輝かせて言いました。


カラカラに乾いた喉に沁み渡ったお水は、さっきと同じものとは思えないほど、おいしく感じられました。


確かにこれは魔法のキャンディーだ、と、女の子は確信しました。




それから女の子は、毎日そのキャンディーを食べるようになりました。


たくさん食べて喉が渇けば渇くほど、お水はおいしくなりました。

 

こども用のお水は、なぜか大人は飲めません。


コップにはこんなにたくさんお水が入っているのに、大人になると見えなくなるそうです。


お母さんもおばあちゃんも、毎日キャンディーを食べ続けていました。


とってもおいしそうに……は、見えなかったけれど。


とびきりおいしいお水のために、がんばって喉をカラカラにしているんだなぁと、女の子は思いました。


二人の前にお水がやってきたのを、一度も見たことはなかったけれど。




長い長い年月が経ち、大人になった女の子は、相変わらずキャンディーを食べ続けていました。


甘い甘いキャンディーを食べるたびに、女の子は、苦しさで倒れそうになりました。


喉が渇いて仕方がないのです。


こんなに喉をカラカラにして待っているのに、いつまでたってもお水が来ないのです。


苦しさで倒れそうになりながら、それでも女の子はキャンディーを食べ続けます。


喉が渇けば渇くほど、お水はおいしくなるのだから。


今ここで食べるのをやめてしまったら、喉の渇きがおさまってしまったら、


今まで何のために毎日、苦しさに耐えながら、キャンディーを食べ続けてきたのかわかりません。


お水は、明日来るかもしれないのです。


この一粒が、お水をおいしくするのです。


おいしいお水じゃなければ、意味がないのです。


今さらただのお水なんて、欲しくないのです。


そして女の子は、それからも毎日キャンディーを食べ続けました。





さらに長い年月が流れました。


明日来るかも…と思っていたお水は、まだ来ません。


そんなある日、女の子は、信じられないような話を耳にしました。


あの魔法のキャンディーは、実は毒らしい。


魔法のキャンディーを持っている人のところへは、お水はやってこないんだよ、という噂。




そんなバカな!!!




すぐには信じられませんでしたが、何人もの人に、同じことを言われるようになりました。


このキャンディーを捨てなければ、お水はやってこない…。


でも、このキャンディーを捨ててしまったら、私がずっと待ち望んでいた、おいしいお水はもう飲めない。


この、死にそうな喉の渇きが、今までの努力が、すべて無駄になってしまう。


魔法のキャンディーをじっと見つめながら、女の子は必死に考えました。




そうだ、捨てたことにすればいいんだ!




空っぽになった両手を広げて見せながら、女の子は得意げに言いました。


「ほら、あのキャンディーはもう捨てたよ。だからお水をちょうだい」


明日のぶんもあさってのぶんも、たくさんのキャンディーをほっぺたの中に隠して、口をもごもごさせながら。





当然ながら、お水は来ませんでした。


いつも以上にたくさんのキャンディーを食べてしまったので、喉の渇きはますますひどくなりました。


それでも、女の子はキャンディーを食べ続けることをやめません。




あんな、わかりやすい隠し方ではダメだったんだわ。


もっとバレないように、うまくやらないと。




そして女の子は、キャンディーを捨てたと見せかける方法を、必死になって探し続けました。


もう、何がしたいのか、自分でもわからなくなっていました。


ただ、もう、苦しいのです。


喉が渇いて、渇いて、居ても立ってもいられないのです。


そして女の子は、ついに倒れてしまいました。


手のひらの上には、魔法のキャンディー。


甘い甘い、蜜の誘惑。


口に入れかけて、手を止めました。


このまま食べ続けるのか、地面に置くのか。


どっちを選んでも、苦しいのです。


女の子は泣きながら、手の中のキャンディーを、いつまでも見つめ続けていました。







-・-・-・-・-・-・-・-





っていうようなことを、私はずーっとしてきたんだよなー


と思った。


(超ながーーーいノリツッコミ、ごめんなさーい)




私の、結婚・出産に対する執着って、きっとこんな感じ。



執着がキャンディーで、結婚がお水ね。(言わなくてもわかるか)



執着はいけないっていうのは、もう定説で、


執着なんて、持ってても何の得にもならないもので、どす黒い塊で、ゴミで、うん○で…


忌み嫌われるもの!!


…と頭では理解しようとしながらも、


本当は、私にとっては、甘~い蜜でもあったんだよね。



口では手放したいって言いながら、ほんとは、手放したくなかったのかも。



でも、手放さないと欲しいものは手に入らないらしいから、


手放さなきゃーって躍起になる。



でもでも、実は私がやってたのは、手放したように見せかけるための努力。



「ほら見て~、手放した~。だからちょーだい」



…いやいや、バレますから。



神様の目、節穴だと思ってんですか。





マスターコースに行き始めてから、


最近になって、執着心が、少ーしだけゆるんできたの。


まぁ、もともとの執着がちょっと異常だったんだけど。


で、


「私、別にこのままでもいいのかも」


って、ほんの一瞬(ほんとサブリミナルくらいの一瞬)思った時に、


同時に、


「あ、やばいぞ」


とも思っちゃったの。




あんなにずっと手放したかった執着を、


手放せるかもって希望が湧いた時に、


「やばい」って…。




ほんとに手放せちゃって、喉の渇きがなくなっちゃったら、


お水、そこまでおいしく感じられなくなっちゃうかもしれない。



今までのこの努力は?



欲しくて欲しくてたまらないものを手に入れた時の、あの喜びは?



ほんとにどっちでもいいーってなっちゃったら、


目の前にお水が来た時に、


別に喉渇いてないからいいやーって、スルーしちゃう可能性は?




そんなことが頭に浮かんでしまったのですよ…。



なんなんだ、私。



執着捨てるの、実は怖いんだ。



甘~いキャンディー、実は持っていたいんだ。



なぜなら、とびきりおいしいお水が飲みたいから。(なんて強欲…)





私、もう何年も(5~6年かなー)、


「ナンバーズ4」を一度も欠かさず買い続けていました。


ずーっと、ひとつの同じ数字。


いつかは当たるかと思って。


1枚200円で、週5回抽選があるから、


200円×約20回(月)×12回(年)×6年


だから、まぁ、結構つぎ込んでたよね。


ある程度のとこまで来たら、もう、意地になってやめられなくなるよね。


でもまぁ、去年、思いきってやめたんだけど。


損するかもーって、すごい怖かったけど。


「やりたくないのにやってること」だなーと思って。


買うのやめた後は、いっさい結果見てないから(もし当たってたら悔しいし)、


実際、損したのかどうかはわからないけど。


ま、変なストレスは一つ減って、スッキリはした。




結婚・出産に対しては、


そのナンバーズへの執着なんか比じゃないくらい、


とんでもなく長い年月と執着のエネルギーを注いできたわけだから、


そりゃ怖いよね…。




もう少し買い続けてれば、次の日に、当たり数字が来たかもしれないのにね。


キャンディーを食べ続けて、もう、あと少し、倒れる寸前まで喉が渇けば、


見るに見かねて、神様がお水を恵んでくれたかもしれないのにね。




それでも。



それでも。




明日来るかもしれない幸せのために、


今日の自分に負担をかけるのは、


もう嫌だ。




せっかくもらったのに。


お水がおいしくなる魔法のキャンディーだったのに。


ちゃんと食べ続けなかったばっかりに、


もし、一生結婚できなかったとしたら、


ごめんね。




それでも、私の価値は変わらない。



それでも、私はきっと幸せに生きていける。



やっぱり結局は、自分を信じるってことなのか。