こんにちは。
ご訪問ありがとうございます、恵子です。
昨日は、眼科へ行って来ました。
数日前から、目に違和感があって。
思っていたとおり、飛蚊症。
視界の中に黒いものがあって、目の動きと連動して動くのです。
「もう、もとにはもどりませんよ」 と言われました。
帰りの自動車の中から見た景色は、今までと同じだけど
どこか違ってみえました。
私の気持ちが、違っていたからなんでしょうね。
落ち込んでいたから。
父が生前、よくこんなことを言っていました。
「形あるものすべて死す」
私がまだ子どもの頃、何かを壊したり、なくしたりした時に
「仕方がないんだよ」の言葉のあとに言っていました。
「形あるのもすべて死す」
昨日、父のその言葉がなぜか浮かんで来ました。
子どもの頃に聴いた時は
とても大げさなことを言っているように思えましたが
今ならその言葉がよく理解できます。
人は何かを得、何かを失い
そうして生きている。
ほんの6日前までは、何ともなかった私の目。
私は目の健康を少し失いました。
でも、父の言葉を想い出したから、ココロが少し穏やかになりました。
私は父が大好きでしたから。
人は誰もが、何かを失いながら生きています。
喪失のない人生なんてありません。
私たちは皆、自分という存在を宿してくれた世界、母親の子宮を喪失し
地上に生まれてきたのです。
大好きなおもちゃが、壊れたりなくしたりして失う。
引越しで友だちを失ったり、恋に破れ愛する人を失うという苦い経験もする。
名誉や夢、若さや健康。
形のあるものも、手にふれることのできない無形のものも
いずれは色あせ、失われていきます。
私たちはいずれ、すべてのものを失います。
当たり前にあるものが失われた時
その当たり前だと思っていたものが
どれだけ大切なものであったかに初めて気づくのです。
だから
いずれ失うことがわかったからこそ
それがある時は、一生懸命愛するのです。
慈しむのです。
人も物もすべて永遠ではない。
その気づきによって
生きている間に味わいうる、素晴らしい多くの経験に感謝し
今という時間を、慈しみていねいに生きていけるのです。
おかしな言いかたかもしれませんが
それが 「失ったものに対する愛」 なのではないかと
昨日、思いました。
ご訪問ありがとうございます、恵子です。
昨日は、眼科へ行って来ました。
数日前から、目に違和感があって。
思っていたとおり、飛蚊症。
視界の中に黒いものがあって、目の動きと連動して動くのです。
「もう、もとにはもどりませんよ」 と言われました。
帰りの自動車の中から見た景色は、今までと同じだけど
どこか違ってみえました。
私の気持ちが、違っていたからなんでしょうね。
落ち込んでいたから。
父が生前、よくこんなことを言っていました。
「形あるものすべて死す」
私がまだ子どもの頃、何かを壊したり、なくしたりした時に
「仕方がないんだよ」の言葉のあとに言っていました。
「形あるのもすべて死す」
昨日、父のその言葉がなぜか浮かんで来ました。
子どもの頃に聴いた時は
とても大げさなことを言っているように思えましたが
今ならその言葉がよく理解できます。
人は何かを得、何かを失い
そうして生きている。
ほんの6日前までは、何ともなかった私の目。
私は目の健康を少し失いました。
でも、父の言葉を想い出したから、ココロが少し穏やかになりました。
私は父が大好きでしたから。
人は誰もが、何かを失いながら生きています。
喪失のない人生なんてありません。
私たちは皆、自分という存在を宿してくれた世界、母親の子宮を喪失し
地上に生まれてきたのです。
大好きなおもちゃが、壊れたりなくしたりして失う。
引越しで友だちを失ったり、恋に破れ愛する人を失うという苦い経験もする。
名誉や夢、若さや健康。
形のあるものも、手にふれることのできない無形のものも
いずれは色あせ、失われていきます。
私たちはいずれ、すべてのものを失います。
当たり前にあるものが失われた時
その当たり前だと思っていたものが
どれだけ大切なものであったかに初めて気づくのです。
だから
いずれ失うことがわかったからこそ
それがある時は、一生懸命愛するのです。
慈しむのです。
人も物もすべて永遠ではない。
その気づきによって
生きている間に味わいうる、素晴らしい多くの経験に感謝し
今という時間を、慈しみていねいに生きていけるのです。
おかしな言いかたかもしれませんが
それが 「失ったものに対する愛」 なのではないかと
昨日、思いました。