おはようございます。
ご訪問ありがとうございます、恵子です。

何年か前になりますが 「おくりびと」 という映画がありました。

納棺師を描いた映画です。

この映画の中で納棺師は
 「悲しいはずのお別れを、やさしい愛情で満たしてくれるひと」 です。

そして
「人は誰でもいつか、おくりびと、おくられびと」 です。


映画の中で、多くの亡くなった人を葬送してきた火葬場のおじさんが

火葬のボタンを押しながら

「また、会おうの」

 とつぶやくシーンがあります。


自分もやがてそちらへ行くから、その時にまた会って
今度はゆっくり睦みあいましょう。
。。。。。
そんな、静かな慈しみとやさしい想いの込められた
お別れの言葉です。


「少しのあいだのお別れだね、また会えるまで少し待っててね」

私も、お別れの時に無意識でそんな風にココロの中で語りかけています。

その想いは、相手にも届くし、私自身もそう想うことで安らぐのです。

大切な人をなくした喪失感は、最も深く、そう簡単には癒えるものではありません。

そして、癒しは必ずしも直線的に進行するものではありません。

折れ線グラフのようで、上向きに上昇したかと思えば
いきなりどん底につき落とされたりします。

後退しているのかと思うと、突然急発進したりします。
そして、気がつくと出発点に戻っていたりします。

それでもいつか、人は癒えます。
失ったものはもどらないかもしれないけれど、それでも人は癒えます。


愛する人をなくすことは、間違いなくもっとも苦しく辛い経験です。

そのことが自動的にココロの成長を起こすわけではなく
悲しみや孤独、虚しさを感じることが当然の反応です。


たとえ今、真っ暗闇の中にいたとしても
自分のほんものの部分、愛した人のほんものの部分が
失われることはないです。

本当に大切なものは永遠に失われることはないです。

受けとり、あたえてきた愛が失われることはないです。

何らかの事情で、そばにいてあげられなかったとしても
愛のつながりは失われることはないのです。