こんにちは。
ご訪問ありがとうございます、恵子です。
明日は、私の父の十三回忌の法要があります。
これから父の写真を、押し花で飾ろうと思います。
私は父が大好きでした。
父が亡くなった時は、悲しみ以外のなにものでもありませんでした。
でも、あれからずいぶん時が経って、死ぬことについての考えが少し変わりました。
もちろん大切な人を亡くすわけですから、悲しいし苦しいし辛い。
でもそれだけじゃない。
父が私のココロに残していってくれたもの。
たくさんの愛だったり、生きざまだったり、笑顔だったり、色々。
あの時は悲しすぎて、それを感じる余裕がなかったんです。
感じる余裕がなかったというのは、ちょっと違うのかな。
感じれば感じるほど、もうそれがないんだという絶望感が大きくなって、よけいに悲しみが広がっていったっていう感じなのかな。
今は父が残していってくれたものを、愛として感じられるようになりました。
多くのものを私のココロに残していってくれた父に、愛と感謝の気持ちを込めた押し花額を今から作ろうと思います。
今日も一日ありがとう。
明日もいい日。
ご訪問ありがとうございます、恵子です。
明日は、私の父の十三回忌の法要があります。
これから父の写真を、押し花で飾ろうと思います。
私は父が大好きでした。
父が亡くなった時は、悲しみ以外のなにものでもありませんでした。
でも、あれからずいぶん時が経って、死ぬことについての考えが少し変わりました。
もちろん大切な人を亡くすわけですから、悲しいし苦しいし辛い。
でもそれだけじゃない。
父が私のココロに残していってくれたもの。
たくさんの愛だったり、生きざまだったり、笑顔だったり、色々。
あの時は悲しすぎて、それを感じる余裕がなかったんです。
感じる余裕がなかったというのは、ちょっと違うのかな。
感じれば感じるほど、もうそれがないんだという絶望感が大きくなって、よけいに悲しみが広がっていったっていう感じなのかな。
今は父が残していってくれたものを、愛として感じられるようになりました。
多くのものを私のココロに残していってくれた父に、愛と感謝の気持ちを込めた押し花額を今から作ろうと思います。
今日も一日ありがとう。
明日もいい日。