医者の養護 (内海 聡さん談)
いつも医者や製薬会社の悪口ばっかり言ってますから。
確かに私は医学不要論提唱者であり、医者がいかにバカで、薬理も知らず、病名の嘘も知らず、対症療法の意味も知らず、御用ではない論文も知らず、製薬会社の問題も知らず、古い病気の歴史も知らず、カネと権威と権力だけを考える白い巨塔マニアなのは否定しません。
しかしそんな医者であっても、たとえば救急医、産婦人科医、小児科医、外科医、内科医、脳外科医、ホスピス医、くらいであっても、たくさんの重症患者と死人を診ているのです。
医療を批判し文句を言う人の中に、それを診た人がどれくらいいるのでしょう。
たとえば私は今の活動をしてから、万人超えて相談を受けました。亡くなった人の報告も当然受けます。
それ以前でもたくさんの患者を外来で診ました。
ほとんど流れ作業ですがその中から入院患者が出ます。
入院患者の多くは重症であり、それを一人で15人近く担当します。
病院の科全体では50人から100人近く見ているところもあります。もちろん私のような内科医だと、定期的にお亡くなりになる方がいました。
いくら勤務医がいい加減でもそのことは説明しないといけません。
医療を批判する人で、100人亡くなる人を看取った人がどれくらいいることでしょう。
私のような医者であっても、数百人は直接息が止まり心臓が止まり、死亡宣告をしてきました。
私は野戦病院勤めが多いのでロクな救急装備もないまま、たくさんの救急患者が現場でお亡くなりになりました。
私のような者でなくても、医者の多くはこの結果耳をふさぎたくなっています。
医学不要論の本質は医学を否定することではありません。
アロパシー以外の無意味さ、患者が調べ選択することの重要性、それ以上に市民の知能が上がれば病院は変わらざるを得ない、ということへの提唱なのです。
私はいつも医者や製薬会社以上に患者や家族、市民が嫌いであると述べていますが、これははっぱをかけているわけではありません。
正直な気持ちなのです。
無農薬が~とか、放射能が~とか、給食が~とか、アベシが~とか言っている自称覚醒者が、さっさと病院に行っているさまを見ると心底うんざりします。
このようなダブルスタンダード行動しかできないものが、医者を批判するとなれば心ある医者でも閉口するでしょう。
医療界は決して自浄はしませんが、変わるとすれば必ず市民が変わることによって左右されるのです。