21.「卒業」
昨年よりも2週間早く咲いた桜は、昨日の豪雨の影響でもうずいぶん花びらが落ちてしまった。
「桜は散り際が美しい」と言われるが、きっと今年の桜はひらひらと舞い落ちることなく水滴の重さで地面に叩きつけられて落ちたのだろう。
突然の強制終了。まるで、今の私達みたいだ。
「施設長は、今後はどうするんですか?」
「俺はもう定年過ぎてから別の会社から出向に来てる身だし、このまま退職金もらって隠居生活だよ。」
「そっかー、いいなー。私なんて失業保険もらいながらまた就職活動ですよ。」
私達の働いているデイサービスは、2ヶ月後に突然閉所することになった。
もともと本事業を別に持っている我が社は、今後の柱になる新たな事業として介護事業に手を出した。
しかし専門的な知識が乏しい中での手探りでの施設経営に加え、介護認定「要介護」ではなくその手前の「要支援」の人だけをターゲットにした狭い客層の施設だったので、ウチのような田舎ではあまり需要がなく経営が続かなかったのだ。
そしてそこで働いていた私達は、みんなそれぞれ新しい道を探すことになった。
介護関係の仕事を探す人もいれば、本事業の部署に異動になる人もいる。中にはこれを口実に彼氏との結婚を決めたという猛者もいた。
「本社の方には戻らなかったのかい?君は施設ができる前はもともと本社勤務だったんだろう?」
そう、私はもともと自分から選んで介護の世界に入ったわけではない。
それでも今の仕事が好きになっていた私は、施設がなくなると知らされた時に驚きとショックを受けた。
寂しさと一緒に感じるどうしようもない虚しさ。なんだろう?この感覚、何かに似ているな。
「なんか、今更本社に戻るのもちょっと…。ウチの会社の杜撰なところ、いろいろ見えちゃいましたからね。」
苦笑交じりに私が答えると、施設長もなんとも言えない苦笑いをした。
「そんなことより、利用者の皆さんは大丈夫なんですか?」
ウチのデイサービスを利用している人の中には、当然いろんな境遇の人がいた。
家族と暮らしている人もいれば、一人暮らしの人もいる。
家族からの厄介払いで嫌々施設に通わされている人もいれば、人と会うのが楽しみで自分から進んでウチを利用している人もいる。
中には自分も施設に通いながら、自宅では老老介護で旦那さんのお世話をするというおばあちゃんもいる。
「ケアマネさんと相談してなるべくフォローしてるけど、やっぱりみんなそれぞれだよ。」
施設長によると、別のデイサービスの利用が決まった人もいれば、これを機に息子さん夫婦と一緒に暮らすという人もいるらしい。
私たちだけじゃなくて、利用者さんたちもみんなバラバラか。
せっかくここで友達を作れた利用者さんもいるのに、なんだか寂しいな。
いつもいつも当たり前のように顔を見ていた人たちと、もう会わなくなるんだ。
一通りの掃除を終えて、定時の夕方5時半に施設を出る。
閉所する施設の仕事なんてあまりやることがなく、最近では毎日定時上がりだ。
もうずいぶん日が長くなったため、施設を出るころにはまだ外は少し明るい。
自宅の手前の橋を渡るときは、ちょうど黄昏時で綺麗な夕陽が見れる。
この時間に帰宅していると、なんだか学生時代を思い出すな。
あの頃から、私ってどう変わったんだろう。
今の自分と学生時代の自分を重ねながら橋を渡っていた私は、川の様子がいつもと違うことに気付いた。
川の上に、ピンクの帯が浮かんでいる。
よく見てみると、その正体は桜の花びらだった。
昨日の豪雨で散った桜の花びらが、水面に敷き詰められたように浮かんで桜の絨毯を作っている。
「あ、そっか。」
桜の絨毯を見て、私は今の自分のこの寂しさが何に似ているか分かった。
この感覚、卒業式前の寂しさに似てるんだ。
今まで当たり前のように会えていた人たちと、会えなくなる。
そしてみんな、これからそれぞれ新しい道へ進んでいく。
「これって、卒業みたいなものなんだな。」
施設が終わるのは寂しいけど、きっとこれもみんなが新しい何かを始めるために必要なことなんだ。
桜の絨毯が、川の水面をゆっくり流れていく。
この景色を思い出せば、私は残り少ない仕事も全部笑顔でできる気がした。