こんにちは。
自然治癒力と免疫力でからだの不調を改善
健康ダイエットコーチの濱西です。
つい最近までこんなニュースで違和感を感じましたね。
誰それ?みたいなホテルに記念碑建立って?↓
でわずか数日でコレですよ↓
今回も
前・東大阪市議会議員 財団法人理事 木村 正治さん fbより 正しい理解を得るための記事を投稿いただきましたので、紹介したいと思います。
以下引用:
安重根の顕彰碑が高知県内のホテルに建立され除幕式が行われましたが数日も経たないうちに撤去が決定。
当たり前です。
どうして日本国内で伊藤博文初代首相を暗殺した安重根が顕彰されるのか。
メンタルが日本人ではない人々による行動でしょう。
お里が知れるという事ですよ。
似非日本人があちらにもこちらにも。
日本人に成りすましているつもりでしょうがメンタルは本国のまま、アイデンティティーも本国のまま。
だから自ずと言動が本国に沿ったものになる。
厳密に言うと安重根が伊藤博文初代首相暗殺の黒幕ではありません。
安重根は囮(おとり)として利用されただけです。
本能寺の変の明智光秀、伊藤博文初代首相暗殺の安重根、ケネディ大統領暗殺のオズワルド、安倍晋三元首相暗殺の山上某、これらは全て囮でした。
いずれも全て真の黒幕は表舞台で伝わる人物ではなく全く違う存在です。
このように見ると世の中の権力構造の本質は同じですね。
さて、改めて日本と朝鮮半島の経緯を述べますと、日清戦争で勝利した日本は下関講和条約で史上初として朝鮮半島を清国から独立させました。
常に時のチャイナの奴隷だった朝鮮半島は日本のおかげで奴隷から独立、やがて史上初の朝鮮半島独立国家である大韓帝国を建国しました。
しかし独立国家としての能力が欠落していた大韓帝国はたちまちにして国家経営難に陥り大韓帝国の高官達が日本に助けてください、日本に吸収合併をしてくださいと懇願してきました。
これを受けて明治政府は賛成派と反対派に割れて紛糾しました。
賛成派は大韓帝国を日本に吸収合併して助けてやろうとし、反対派は重荷になるから突き放せと反対し互いに激論となり紛糾しました。
また大韓帝国も賛成派と反対派に割れて紛糾。
日本に吸収合併してもらい助けてもらおうとする賛成派と苦しくても大韓帝国として存在したいとする反対派とが互いに激論となり紛糾。
当時の地政学や政治力学はロシアが南下して領土を拡張していて、また清国も日清戦争で日本に敗れたとはいえ、またいつでも朝鮮半島を奴隷に戻すべく虎視眈々と機会を伺っていました。
このような状況下で大韓帝国からの日本への吸収合併の懇願に最も反対していた伊藤博文初代首相がハルビンの駅近くで銃弾に倒れました。
朝鮮半島の活動家である安重根の仕業だとされていますが真の黒幕は全く違う存在です。
反対派の重鎮、伊藤博文初代首相が暗殺された事で事態は急展開、日本は大韓帝国を吸収合併して日韓併合が行われました。
1910年の事でした。
添付画像の1枚目は大韓帝国皇帝から全ての大韓帝国の統治権を大日本帝国の天皇に移譲しますという公文書です。
この歴史事実から自虐史観や反日活動家が絶叫してきたような日本が朝鮮半島を植民地支配したという内容は全く事実ではないプロパガンダだと分かりますね。
大韓帝国から懇願してきたのですから。
日本が1910年に日韓併合をして吸収合併をした時点での朝鮮半島は衛生状態が劣悪で平均寿命が24歳で多くの人々が早死していました。
1945年に日本が大東亜戦争に敗れて朝鮮半島が日本から切り離された時、朝鮮半島の人々の平均寿命は54歳にまで伸びていたのでした。
大日本帝国が日韓併合をしていた僅か35年間で朝鮮半島の人々の平均寿命が30歳も伸びたという事実は大日本帝国による統治の本質を示しています。
大日本帝国による日韓併合は吸収合併であり、当時に欧米列強がアジアや中南米、アフリカで実行していた奴隷支配、搾取による植民地支配とは根本的に異なります。
日韓併合をした大日本帝国は自分達の国家予算を朝鮮半島に注ぎ大日本帝国として発展させました。
今の価値にして60兆円以上の日本の予算が朝鮮半島に注がれました。
食料生産高は倍増し、道路を作り橋を架け、病院を各地に作り、学校を作り無償教育を行い、今のソウル大学まで日本が作りました。
凄まじい差別社会だった朝鮮半島のピラミッド社会から一般の人々を両班という朝鮮半島の支配階級から解放しました。
当時の朝鮮半島の一般の人々には名前すら無い底辺の酷い状態でしたが大日本帝国が両班の奴隷支配から解放したのです。
だから台湾と同じように当時の一般の朝鮮半島の人々は大日本帝国に感謝していました。
しかし日本のせいで特権を奪われ立ち位置を奪われた朝鮮半島の支配階級だった両班はいつまでも日本を恨みました。
大東亜戦争に日本が敗れた後、日本を二度と立ち上がらせたくない欧米支配階級は日本に恨みを抱き続けていた両班の係累の人々を次々と戦後日本の様々な立場に送り込み、日本人に酷似した両班の人々による間接支配に乗り出しました。
これが日本人と似て非なる人々、似非日本人が様々な分野に根付き今や日本を背乗り寸前にまで陥れている要因です。
今は似非日本人3世から4世になっています。
私達日本人は歴史経緯を正しく知り、日本人の日本を取り戻すべく強い意思を持ち、主体的に言動していかなければなりません。

