こんにちは。
自然治癒力と免疫力でからだの不調を改善
健康ダイエットコーチの濱西です。
今朝は衝撃的なニュースでショックを受けました。
「嘘だろ?」と。
しかも亡くなった理由が「大腸がん」という、濱西も特に注意してと発信し続けているGA.Nでした。
どういった生活習慣だったかは知ることはできませんが、からだに負担をかけ続けたせいかもしれません。。
別にそこまでショックではないと思う読者の皆様もいらっしゃるかと思いますが、
何を言おう、私は高校生の時はじめて真矢がドラマーだったLUNA SEA(ルナシー)というバンドを知って、ドはまりして、濱西自身がバンドを始めたきっかけを作ってくれました。
真矢のドラムはYOSHIKIほど凄さはないけれど、演奏もカッコよくて好きで人柄も温厚で人間味のある方でしたね。
え?と思うかもしれませんが、濱西は現在オリジナルのヘビーメタルのバンドもやっています。本当ですよ笑
奥さんはほとんど足を踏み入れない域です笑
息子がちょっと頭を振るくらいですね笑
当時30歳くらいに結成したバンドでいまも同じメンバーでほそぼそと活動しています。
うちのバンドメンバーも真矢を知らない人はいません。それくらい影響力を持っていますね。
では、このタイミングでバンドマンをカミングアウトしたし、せっかくなので今回は少し雑談をしましょう笑
広島は高校生の時、濱西はベースを担当していて、80年代ロックであるエアロスミスやBON JOVIのコピーバンドをしていました。
ですがそれが超つまらなくて笑
ライブまではなんとかやりましたけど、ライブ後はソッコー脱退しました。
この当時の80年代ロックってベースはあまり目立つジャンルではなくて、耳コピをしよう頑張ってもなかなかベース音が聞こえない。これが続かない理由でした。
次に興味を持ったのがOASIS(オアシス)というイギリスのバンドが好きで、大学の時にコピーバンドを結成しました。
OASISはベース音が好きでハマっていました。ビートルズみたいな曲調も気に入っていました。
この時は、濱西がボーカルを担当し、ベースは別のメンバーに引き継いで楽しくやっていました。
ショットバーで軽くジャム演奏をしてお酒代がお駄賃で飲めたり、マスターには本当によくしてもらってましたよ。
大学卒業後、社会人になってバンドメンバーは散り散りになったのですが、濱西が東京で働いていると、そのベーシストと再び東京で会うことに!
これを腐れ縁というのでしょうか笑。
彼は浪人後、しれっと東京に出てきて働いていたのです。
じゃあまたバンドをしようか!とメンバー募集しますが、なかなか見つからない。
そこで無理に前のロックジャンルを引き継いでやることもせず、当時メタルという音楽のジャンルが好きだったので、そちらに寄せていってMETALLICA(メタリカ)にドハマりしました。このバンドのギターボーカルはすごくカッコよくて、濱西は当時は26歳で初めてエレキギターを買って弾いていました。遅いでしょ?
ギターを覚えて、なおかつ歌いながら弾くという超難しいパートを「好き」の一筋で何度も練習を重ねていくと、そこそこできるようになるもので。。。オリジナルの作詞作曲もやっていました。次第に類は友を呼ぶのか職場でドラマー、リードギターも見つかるようになり、スタジオでレコーディングをして音源を作り、月に1回はライブハウスでお客さんを楽しませるまで上達できるようになりました。
最初はお客さん0人からスタートしてステージからは床しか見えない惨めな思いを何度もしました。
意外とお客さんがいるように見えても次に控えているバンドマンがただテンションアップしに応援しているだけで、バンドマンあるあるですね笑
ですが、一人また一人と応援してくれる固定ファンが増えていきライブの度に来てくれて本当にうれしかったですね。
そうこうしていくうちに濱西のバンドも月1回のライブで10万円くらいの収入があって、次のレコーディングのために全部貯金していました。
それなりにセミプロっぽくなってくると尊敬しているプロの方からお声がかかり、一緒にライブをしないかと。
プロとの違いを目の当たりにしていい体験をたくさんしたのですが、突然バンドマンが亡くなっていく知らせを聞くことが正直多かったです。。。
これは本当です。
ですから真矢が亡くなったというニュースを知ったときに、正直「またか…」と思うほどでした。。
濱西のバンドはサラリーマンバンドでしたからあまり無茶はできず、ある程度セーブしながら続けていました。
ですが、プロのバンドマンはそれこそ24時間集中的にとにかく練習しまくる。。。
当然のことながら食べることは二の次になり、やはりいい加減になりがちだったのではないかと思うほどです。
打ち上げでプロの生活を聞いているとまあ普通の生活スタイルではなかったですね!
プロミュージシャンというのは、本当に自身の演奏力で稼ぎがそのまま直結する、さらに音楽という娯楽ジャンルになりますから、よほど魅力がないとお金を払ってくれない、それを生活できる年収にまで上げるって相当大変な領域だなと思いました。
一方でこうした短命で亡くなったミュージシャンのことをふと考えてみると、長生きがこそが幸せなのか?というとそうでもないような気もしました。
私の人生観ですが、自分が死ぬときにどれだけ多くの人に「ありがとう」を言ってもらえるか?
この違いは大きいと思ったからです。
自分から感謝をすることって結構あると思うのですが、人から感謝を沢山されることってそこまで経験ないじゃないですか。
感謝されて亡くなったときって、亡くなってからもその人の心の中にしっかりと刻まれていますので、それだけでも十分「幸せ」だと思うのです。
大腸がんで56歳という余りにも早すぎる死にショックを隠し切れませんでしたが、真矢は本当に多くの人に「幸せ」を届けることができたのではないでしょうか。もう十分よく頑張ったと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。
ありがとう。
