見過ごしできない「成人式」に違和感を感じませんか? | 自然治癒力と免疫力で改善する健康ダイエット

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成人式で派手な衣装を着た人々

(画像は2025年n北九州市の成人式の様子)

 

今年も成人式が終わりましたね。

 

昨日は家族でドライブしたら、景気のいいバイクの音が路上を駆け抜けて、しかし赤信号はきちんと停車するマナーのいいヤンキーをたくさん見かけました。

なんというか、もうほほえましいですね笑

 

さて、今回はそっちじゃない成人式の矛盾について理路整然とわかりやすく、

 

バイオガイアジャパン株式会社 代表取締役社長兼COO 野村 慶太郎 さん fbより 投稿いただきましたので、紹介させてください。

 

前々から思っていたこの「成人式」の違和感をドカンとぶつけてくれた記事、大変ありがたいですね。

 

あ、ちなみに我が家では国旗を玄関に掲揚しましたよ。

 

それではどうぞ。

 

以下引用:

 

今年もおかしな成人の日が終わった。

 

毎年、成人式のニュース見てるだけで腹立たしい1日だ。

 

ん?ド派手な衣装で騒いでいる不届きな若者にワシが腹を立ててると思っただろうか?

ワシが若者をここで木っ端微塵に叱り飛ばすと期待した方は、どうぞワシをブロックしてどっか行って欲しい。

 

違う。

 

ワシが腹立ててたのは、偉そうに上から目線で訓示を垂れてるお偉いさんの大人達や、先輩面したコメントしてるテレビニュースのアナウンサー達にだ。

 

● はじめに――成人式という違和感

成人年齢が18歳に引き下げられて久しい。

にもかかわらず、多くの自治体はいまだに成人式を20歳で行っている。名称だけは「二十歳の集い」などと付け替えたが、実態は従来と同じである。

 

この違和感を「些細な慣習の問題」と見過ごすことはできない。

 

成人式は、国家と社会が「あなたは大人になった」と宣言する最初の公式行為である。そこに矛盾があるという事実は、制度設計そのものが破綻していることを示している。

 

● 法律では大人、扱いは子ども

国は18歳を成人と定めた。

契約は可能、親権からも離れる。選挙権もある。責任だけは一人前である。

 

一方で、酒は飲めない。タバコも吸えない。公営ギャンブルも不可。

そして「大人を祝う式」は20歳まで待てと言われる。

 

これは調整ではない。

 

論理の放棄である。

 

責任は負わせるが、信用はしない。

義務は課すが、権利は切り分ける。

 

国家自らが「大人とは何か」を定義できていない証左である。

 

● 「健康を守るため」という建前

飲酒・喫煙・ギャンブルが20歳据え置きである理由として、国が掲げる建前は明快だ。

・若年者の健康を守るため

・依存症リスクが高いから

・判断力が未熟だから

一見もっともらしい。

 

だが、この説明は選択的にしか使われていない。

 

18歳でできることを見ればすぐ分かる。

・高額ローン契約

・クレジットカード契約

・マルチ商法への単独加入

・政治的意思表示(投票)

これらの方が、人生への不可逆的影響ははるかに大きい。

 

健康を理由に酒を禁じながら、経済的破滅や政治的責任は平然と許す。

この整合性のなさを、誰も説明しない。

 

● 実態は「警察と業界の都合」である

では本当の理由は何か。

 

実態はきわめて現実的で、そして不都合だ。

第一に、取締りの都合である。

 

年齢確認が曖昧な領域を広げれば、警察の負担が増える。

一律20歳という線を引いておけば、運用が楽になる。

 

第二に、業界との既存合意である。

酒・タバコ・ギャンブルはいずれも、長年「20歳」を前提に制度と利害調整が組み上げられてきた。

 

それを崩す政治的コストを、誰も負いたくない。

 

第三に、責任回避である。

万が一、18歳での飲酒やギャンブルが社会問題化した場合、

「なぜ解禁したのか」という責任を誰も引き受けたくない。

つまり、健康でも教育でもない。

 

面倒と責任を避けたい大人側の事情である。

 

そもそも成人の権利を定める部分に警察が介入していること自体、異常極まりない。

 

● 「大人を段階的にする」という嘘

国は暗黙にこう言っている。

「大人には段階がある」

「18歳は法的には大人だが、完全ではない」

 

だが、これは後付けの理屈だ。

 

もし本気で段階的成人を採用するなら、制度として明示すべきである。

・法的成人

・社会的成人

・文化的成人

 

ところが日本は、これを説明せず、整理もせず、黙って運用している。

それは制度ではなく、ただの曖昧さだ。

 

● 自治体の判断という名の逃避

自治体が18歳開催を避ける理由は実に現実的だ。

 

受験期と重なる。

学校調整が面倒。

クレームが増える。

事故や不祥事のリスクを負いたくない。

 

どれも理解はできる。だが、理解できることと正しいことは違う。

 

理念なき実務判断を積み重ねた結果が、現在の歪んだ成人式である。

 

行政は本来、社会の骨格を支える存在だ。

 

ところがここでは「問題を起こさないこと」だけが目的化している。

 

● 政治家は決め、説明しなかった

政治家は言う。

 

「成人年齢は18歳に引き下げました」

そして付け加える。

 

「酒やタバコは別です」

「成人式は自治体判断です」

 

これは調整ではない。

説明を避けるための分断である。

 

制度を変えるなら、社会的意味まで含めて語るべきだ。

 

だが誰もそれをしなかった。

 

説明しない政治、問いを立てない行政、その双方の怠慢が放置された。

 

● 成人式が映す国の成熟度

成人制度は国家の人格を映す鏡である。

 

どの時点で一人前と見なすのか。

それは価値観そのものだ。

 

日本はこの問いから逃げた。

国際基準に合わせて法律だけを変え、

既得構造は温存し、

説明は放棄した。

 

その結果、18歳でも20歳でもない、宙に浮いた「成人」が生まれた。

 

● 問題は若者ではなく大人にある

この問題を若者の未熟さとして語るのは誤りである。

混乱を生んだのは、制度を曖昧なまま放置してきた大人たちだ。

 

分かりにくいが面倒だから触れない。

矛盾しているが困らないから直さない。

その積み重ねが、今の日本を形作っている。

 

成人式は、若者の通過儀礼ではない。

大人社会の無責任さを可視化する装置である。

 

● おわりに――新成人へ

日本の新成人が、成人して最初に学ぶのは、

大人たちのいい加減さと無責任さだ。

 

今の大人たちなんざ、口じゃエラソーな事をほざいていても、所詮この程度だ。

新成人に訓示を垂れる前に、やる事やってから言えやと言えばいい。

 

こんな連中を君たちは将来養う必要なんかない。

君たちが暮らしやすいように世の中を変えればいい。

頑張れ、新成人。