今夜聴くのは ダニエル・パウター Save Your Life
近所のお宅の自動車が
ガレージから出され、レッカー車に乗せられようとしていた。
あぁ、、ついに今日がその日となったのですね。
本当のところは知らないが
おそらく、廃車にされるのだろう。
私が見届けるのも違うと思って家の中に入った。
もう80代に入ろうというご夫妻の車です。
私だったら、、きっと泣く。
次の車が決まっていても、長く乗ってきたいくつかの車と別れるときは
どの時も泣けた。
今、思い出してみる。
30代の初めての車はカローラ。
次はカリーナED。子どもたちを幼稚園へ迎えに行った。
40代はブルーバード。塾の送り迎えをした。
次はティアナ。春瑠の期間中、クリリンを母のところに預けに行った。
この車でオットを癌センターまで何度か送り迎えした。
そして今、私は私の分身、MITOに乗っている。
この車が最後になるのだろう。
そして、今日の朝刊のこの言葉だ。
物を買うということは
処分する責任も買うということ
どんな買い物依存症や処分喚起のアドバイスより
この一言は鋭い。
全てのモノは(もしや人も)手に入れたものとは
いつか別れるときがくる。
自然消滅できない「処分」は「責任」だということ。
処分責任も「買う」
手放すのか
誰かに譲るのか
買う時に考えたことあったかな。
今朝は夢を二つも観ました。
一つ目は、焦った気分で目が覚めた夢でした。 4:25でした。
これはもう何度も同じようなストーリー(!)で見ている。
私は鳥籠に入れた鳥を誰かに預けているらしい。
定期的に餌や水をやりに行かなければならないのに
長い間忘れていたことに気づいた。
胸がざわざわバクバクしてくる。
目が覚めたら、すぐに問い合わせなきゃと思って目が覚めた。
ん?どこに預けたっけ?どんな鳥を?いつ餌をやりに行った?
って考えてる。
そして気づく「夢か。。また同じ夢を見てる」と現実に戻れた。
そのあと二度寝して、また夢を見る。
二つ目は楽しそうな夢だった。
私は歌を習うことにしたらしい。
先生らしい人が「あなたなら出来るわ」みたいに勧めてくれてる。
ワクワクしながら「練習に行きます」とか言っているが、、、気づく
このシェーグレンで歌えるのか? と心の中で思いながら
「はい、楽しみです」とか言っちゃってる。「どないすんねん」。
目が覚めた・・・安心したような、残念なような。 複雑だった。
このクリスマスローズの葉っぱは
昨年の今ごろ新葉として出てきて、今まで一年間頑張ってくれた。
夏の間も、寒くなっても
その葉から太陽のエネルギーを吸い込んで
新しく出てくる花芽に送っていたのでした。
(だから葉を切ってしまうと花芽が出ない)
そして花が咲いた後は、役目を果たしたように枯れていく。
人間の親みたいだな。
子どものために一生懸命働いて、守り抜き
立派に育った子供をみて、自分の役目を終えたとする。
その蔓籠で日向ぼっこをしている過去画像は
先日、娘と一緒に東京へ帰って行ったスヌーピー。
中学生になったまご君は、お弁当を作ってもらっているはず。
そんな今日、偶然に
私が作っていた子どもたちのお弁当の
「13年目・最後の年の最後の月のお弁当」の写真が出てきました。
2000年でした。
どの時代も、お弁当は「愛」だったよね。そのはず。
元気な時のお弁当や
寝坊して慌てて作ったお弁当
冷蔵庫に何にもなくて冷凍食品を使ったお弁当も
昨夜の残りじゃなくて作るときから用意してたお弁当も。
カサばかりのミニトマトはおかずじゃないと思ってたし
昨晩のいなりずしをびっしり入れたら、文句いってた長男
次男の親友のお母さんが入院したので二つ持たせた高校時代
私もそうだった。
母が、まだ寝ている私を起こしに来た時
今日のお弁当に何が入っているか分かった。
母に匂いが染みついていたんだろう。
60年前のその匂いを思い出せる。
感謝








