どうして私には手に入らないの?
こんなにも望んでいるのに、ナゼ.....?
どーせ私なんかには縁がないものなんだろうなぁ.....
スリムなカラダ
お金
仕事
パートナー
良好な家族関係
..........etc
「欲しい。手に入れたい」
って願いながら、でもナゼだか同時に「猜疑心」や「絶望感」に支配されてる
その「欲しい」って願っているもの....
それ、本当に「願い」なの?
スリムならばあのドレスが着れるのに
お金があれば我慢せずに何でも買えるのに
仕事があれば収入を得れるのに
宝クジが当たれば仕事なんか辞めるのに
パートナーがいれば寂しくないのに
..........ナゼ私にはないの?
それって...........
「願い」や「望み」じゃなくて
ただの「グチ」だったんだ
グチってる方が楽だったんだ
ナゼって......それは、
何かのせいにできるから
誰かのせいにできるから
「何か」や「誰か」を責めながら、私自身は何もせずに踏ん反り返ってればいいんだもん
「傷ついた可哀想なワタシ」
という名のフカフカの椅子に座って、
「どーせ届かないし.......」と、自分で棚の上に飾ったもの達を、指をくわえて恨めし気に見上げるだけだった
そして、ある時に気がついた......
「大好きだから欲しいもの」
「大好きだからやりたいこと」
を思い浮かべる時はいつも「希望」や「興奮」「喜び」が純粋に湧き上がり、心が踊っていることに
それはまるで、雑誌で偶然見かけたステキな南の島に心を奪われ、たまらずそこに旅行に行く手はずをワクワクしながら整えている時のように...
その南の島で寛ぐ自分を想像すると嬉しくて、楽しくて、居ても立っても居られない
そしてその「喜び」が「望み」を叶えようと、どんどん魔法のように日程が決まり、一緒に行く仲間も見つけ、ステキなホテルの予約もスムーズにいく
「あ〜、どーせムリなんだろな...」
なんて思いが入る隙間などどこにもない
好きで好きでたまらなくて「実現させたいもの達」は、私に「諦め」など決して促さない
猜疑心や無力感などもたらさない
「あれが手に入りさえすればなぁ.....」という思いが「悲しみ」「哀れさ」「諦め」を引き出し、私をその場に縛りつけて動けなくしているのならば.....
その「喉から手が出るほどに欲しい」と思っている「願い」の正体
実は、私の目に映るそれとは全く違う姿をしているのかもしれない
「本当に大好きで、欲しいもの」に向かって進んでいる時に私が感じるものは「喜び」以外に何もない
この「喜び」こそが私の背中を押して、私を前へ前へと運んでいくんだ
「喜び」から止めどなく溢れ出す「感謝の波」に乗ってどんどん進んで行くのが「私が望む生き方」なんだ
そうやって進んでいくうちに、私が棚に据えて「届かない」と思っていたもの達が、ある日突然「ぼた餅」のように降ってくるかもしれないな



こんにちわ!
博多マンゴーです
今日のシドニーは晴天で暖かくて、強風が吹きすさんでました









春が近づいてきてますね〜


さて、今日はカンボジアの写真をシェアします。
2015年9月に友達と2人で、カンボジアとベトナムを2週間ちょっとかけて旅しました
イギリスとアイルランド旅行から戻り、程なくして訪れたカンボジアとベトナム。
あまりの違いを目の当たりにして「世界はなんでもアリなんだ‼️」ってそれまでの固定観念が吹き飛びましたね


先ずはシェムリアップというアンコールワット遺跡がある町からスタートしました
舗装された道が殆どなく、信号も見当たらないような小さな町ですが、人々のエネルギーをビシビシ感じました
こんな感じのお惣菜が、道端の露店で売ってるんです。種類も沢山ありましたよ。
私はサカナと野菜と白ごはんをゲット
ジモピーのごとく道の脇に座って食す
ええ、
心配が現実となり、私は30分後にハラ壊しました(笑)
トイレに駆け込み、その後は何事もなかったかのように落ち着きましたので、ヨシとしよう
溶けそうなほどの暑さでしたから、私のカラダがちょっと参ってたんでしょうね(笑)
そして翌日、楽しみにしていたアンコールワットへ、トゥクトゥクに乗ってゴー
このドライバーさん、とても親切な人でラッキーでした
森の中を貫く道路をひたすら走ります。森の中ではハンモックで寝てるジモピーの方々もいました
アンコールワットは、想像を遥かに超えたデカさと広さでした。
遺跡が青空に映えます
魅力的な女性達
カンボジア料理とっても美味しかったです
おなか壊したのは最初だけでしたよ(笑)















