こんにちは
でも、これはあくまで私の主観ですから、彼女が何を思い生きているのかは私には皆目見当がつきませんがね



最高の秋晴れの午後のシドニーです
夏も終わりに入ったのと、来週金曜日にはいよいよ入院ということで、今日はここ、ブロンテ ビーチにやってきました
今現在のブロンテの景色と波の音をどうぞ
さて、ウチからバスでブロンテに向かう途中に、1人の、ものすごく痩せたアジア人女性が私の隣に座ったんですね。
さて、ウチからバスでブロンテに向かう途中に、1人の、ものすごく痩せたアジア人女性が私の隣に座ったんですね。
ジャケットのフードを深く被り、うつ向いていて顔が見えなかったのですが、そのうち、フードをズラして顔を上げた彼女。
髪の毛が産毛ほどしかなかったです。
ずっと一点を見つめたまま動かない彼女
でも、私が注目したのは彼女の表情でした
なんだか、何かをしきりに恐れているような、笑顔を忘れてしまったかのような表情
すると、私達の斜め前の通路側の席に座った中年の白人男性が振り向いて、彼女にステキな笑顔を向けて無言で彼女の手を握ったんです
それでも彼女は無反応で、不安そうに一点を見つめていました
2人はその後すぐに一緒にバスを降りました
ご夫婦なのか、彼が彼女のサポートをするボランティアの人なのかは分かりませんが、私には、彼が彼女に向けた暖かい笑顔が天からの救いのように感じたんです
そして、こんな思いが私の心に押し寄せたんです.....
私は人を救う能力や技術なんか無いんだ。
人を救うことに関しては無力なんだ。
「私は人を救える」って思っていると、「人も私を救えるはず」とカン違いしてしまう。
そのカン違いが、自分の人生を人にどうにかしてもらおうと必死にさせてしまう。
最終的には自分の人生の舵取りを放棄して人にそれを代行させようとする
でも、その人がとる、「私の人生の舵」に決して満足はしない。
その人の舵取りの下手さを責める。
その人を憎む。
そしてその人を排除する。
舵取りが不在になった自分の人生がどこに向かっているのか、どこに向かいたいのかさえわからなくなる。
不安。不満。
私達は、選択する自由を放棄した時に絶望を感じるのかもしれない。
私は人を救うことはできないけど、
「人生の選択は自分でできるんだ」
「あなたの人生の舵取りはあなたしかできない」
っていうメッセージは伝えることはできる。
人を救うことができない自分を認めた時に初めて、自分の周りの人たちの暖かさが心に沁みるんだろうなぁ。
人を救うことができないって自分を認めた時に初めて、自分の側にいてくれる人達の存在がどんなに自分を強くしてくれているかを感じる気がする
私の側で、楽しそうに各々の人生の舵取りをしているみんなのお陰で、私は自分の人生の舵取りを楽しんで行けるんだなぁ
安心して波に乗って行きましょう
先日テレビで、前から興味があった映画、Million Dollar Babyを見ることができました!この作品は、血のつながり、財産、名声そして幸せを選ぶとは...などなど沢山のことを深く考えさせてくれます。観てよかった!
