こんにちはカナヘイピスケ



なんだか秋めいてきたシドニーもみじ



今日は雨模様だったせいもあり、空気が冷たいです



夏が終わりを迎えてますニコ




毎年4月の第一日曜日には「冬時間」に変わります




時計を1時間遅らせますので日本との時差が1時間になります




シドニーの秋も、紅葉している木をチラホラと見ることができるんですよほっこり



日本のような壮大な「紅葉の名所」的な所はないですが、街を歩いている時に紅葉した木を見つけると、なんだか嬉しい気分ラブラブ



四季の移り変わりがとても鮮明で美しい日本に生まれ育ったせいか、オーストラリアに住み始めたころは、秋から冬の変わり目が、何の色も無いような、寂しい気がしてましたうーん




でも、4、5年前くらいからかな〜、季節の変わり目の街の色の変化に気づくようになったのは目



視力に問題がなくても、心が「見えない。ない」って思っていると、目の前に存在しているものも存在していないのと同じになってしまうんですねショック!



「心の目で見る」って言葉を今、思いだしました




心が閉じていたり、否定的になっていたら目の前にある「美しいもの」も認識出来なくなる禁止




幸福感が減るワケですよねーダウン



逆に「心がリラックスして開いている状態」ならば、目で見えないものの存在まで認めてしまうラブ



父が亡くなって、もうかれこれ20年以上になりますが、ここ最近「父の存在」をすぐそばに感じます



今までもよく、父のことを思い出してはアタマの中で父のいろんな映像を巡らせてました



でも、最近はなんだか何かが違うんです



私の視力では見えなくなってしまった、でも確実に私のそばに存在し続ける父を私の心が感じているのがよく分かりますドキドキ



私の側で、私を「本来のワタシ」に導いてくれているのが伝わってきます




10年前、母と私のこじれた関係から私を引き上げて、私をオーストラリアに送った父の魂アップ



今思えば
「一旦、お母さんと離れて、落ち着いてよーく考えてごらん」
ってことだったんですニコ



そして、先日、私の背骨に良性腫瘍があるのがわかり、大きな手術が必要になった時、一年ちょっと話しをしていなかった母からの突然の電話びっくり


母が国際電話をかけてきたのはここ10年間で3回です




ずっと母に電話してなかったことが少し気がかりだったのですが、腫瘍のことを話さないとと思い、書いた手紙を翌日に投函するだけにしてた矢先の母からの電話



父が、私達をもう一度繋げてくれたとしか思えないですオバケ




私達には

目に見える肉体

目に見えない魂

の2つが与えられている




それは、

限りのある存在と限りのない存在





父の「肉体での存在」が見えなくなった今、私は「父の魂の存在」を心で感じながらこの世界に父と共存している




肉体に限りがあるのは、見えない存在を信じる力を研ぎ澄ます為なのかもしれない




私が父の魂の存在を心で感じ続けて生きることで、私の父の存在は確かなものになる



父の肉体は消えても、父は私の世界に存在している


「死」って、もしかしたら、残された人達に「見えない大きな力の存在」を信じ、安心して生きる力を与えるために私達に与えられているのかも







最近はなんだか、人に「父は亡くなりました」って言う時に軽い違和感さえ覚えます









「見えない力に守られている」と信じていれば、助けが来た時にそれが必ず見える。だから心配しないで進みなさい




っていう父からのメッセージを感じます






肉体を失くした今でも、まだ私と母を導いてくれる父には心から感謝します流れ星












ここは、私が大好きな、近所のシドニー大学のキャンパスにある場所です。奥に「孔子」の像があり、横には水がきれいな音色をたてて流れています。それぞれの建物の屋上から網が渡してあるので鳥が入ってこず、とても落ち着いた静かな空間です。水のせせらぎを聞きながら読書したり、ぼ〜っとするのにいいんですよ〜照れ
{C3FB0589-D6D2-4887-9F96-AA9D26BC30F2}