こんにちは(*^o^*)


冬の晴天が続いているシドニーです!


1週間程前は、強い寒波が来ていてかなり冷え込みましたよ〜雪雪雪雪雪


やはり暖かい天気はいいですねラブ


私がシドニーを愛して止まない理由の一つが「気候」ですハート


シドニーの夏は最高なんですよグッグッ


日中はかなり暑くて日差しもキツく、服を着ていても日光が当たると痛みを感じるくらいですびっくり




でも、湿度が低いので、日陰に入ると涼しく感じますねチュー




シドニーは湿気が少ないので、日差しを避ければ割と大丈夫なんですよ


夕方5時くらいになると、すーっと気温が下がり始めて、とても過ごしやすく、寝苦しい夜はひと夏で数えるほどやや欠け月星空星空


夏は8時過ぎまで明るいので、夜のお出かけもとても気分よく、湿度の高い日本の夏が苦手な私にはシドニーはパラダイスラブ


シドニーには沢山のステキなお出かけスポットやイベントもありで、ホント飽きませんラブ


9年前、ここシドニーで調理師学校に行きながらレストランでバイトして、くたくたボロボロになっていた時は、私にとってシドニーは「すごく厳しい」場所でした
えーんえーんえーんえーん





高い物価

いつもごちゃごちゃ混み合っている街

お金がないと楽しめない、行く所がない

仕事と学校でくたくたで楽しむ時間がない


こんな心理状態でしたので、シドニーの良さがあまり目にに入らず、シドニーに来る前に語学留学していたパースが時々恋しくなってましたショボーン




でも本当は、私の心に1番引っかかっていたのは母とのことだったと思います



オーストラリアには本当に、心底住みたかったんです。だから永住権を獲得するためにシドニーに来たんです



が、





なんだか、母から逃げる為に問題をそのままほったらかしにして飛び出してきてしまったような気分をずっと抱えてました
                       下矢印




母に大反対されながらも来たオーストラリア。

一人っ子の私がオーストラリアに行くことで母もあんなツライ思いをしたんだから、簡単に日本には帰れないキョロキョロ

早くオーストラリアで生活の基盤を作らなければキョロキョロ


私がオーストラリアの永住権を取るって母に打ち明けた時の母の取り乱し様は今でも瞼に焼き付いてますキョロキョロ



今までは、母への罪悪感から逃げる為に「日本には帰りたくない」って気を張ってきたような気がするんです


「母と向き合いたくない」だから離れていたい

「母と離れていれば自分らしくいれる」


これって結局、私が母に執着し続けてるってことガーン


物理的に離れていても、私の心はまだ母の奴隷だったんです


以前私は母には週1か2で電話してました。電話で話す時は何のケンカもなく、母も機嫌よく話すんです。

でも、休暇で母の所に帰ると以前の関係と同じ。母は機嫌が悪く、私にお風呂場の使い方など細かく指示してチェックを入れます。

そして私はというと.........



また、母に従うんです真顔


私は、自分のことながら本当に不思議でしたね(笑)


年に2週間ほどしか会わなくなったのにもかかわらず、しかも私、海外に住んでるのに、たまに帰省しても嬉しそうな素振りも見せない母と、母から奴隷のように言われ放題言われてる自分チーン





そうなんです。
私は、ずっと思い違いをしてたんです。


海外に1人で長く住んでいるので、日本にいた頃よりもかなり強くなったと思っていましたプンプン


でも、実際には私の心はほとんど変わってなかったんです


だから、母の前に立つと何も言えなくなってしまう自分










母への罪悪感
は消えていなかったんです





きっと母はそんな、心がグラついた私を見抜いてたんじゃないかと思います


そんな状況で母とはもう、10年程離れていますが、去年のクリスマスあたりに母が初めて私のケータイに国際電話をかけてきたんです携帯


何度やり方を教えても、紙に書いても10年間「出来ない」の一辺倒だった母


しばらく母に電話しなかった私を心配してか、初めて国際電話かけてきたんです


その頃私は、2、3カ月母に全く電話していませんでした。今までの自分や母との関係などを見つめ直していた時期で、どうしても母と話す気になれなかったんです


そんな時、母からの初めての国際電話


私は、何カ月も電話してなかったので、母がちょっと怒ってるんじゃないかと思ってたんです。


でも、驚いたことに母はとても楽しそうに自分の近況を語り、私が「カレと一緒にこれからゴハンを食べるとこよ」って言うと、なんだかすごく嬉しそうで、しかも安心したようでしたほっこり



あんな安心した母の声は初めて聞いた気がします



それ以来、私の「母への罪悪感」がどんどん無くなってきていますダウン



母の初めての国際電話が私の心を救ってくれました



ただ勢いに任せて飛び出した日本。

日本にもう私の居場所は無いと思ってました。

だからオーストラリアにとどまらないとって思っていたのかもしれません


でも母への罪悪感が薄らぎ、自分が本当にどうしたいのかが見えた時、オーストラリアにも日本にも私の居場所はあるって思えてきたんです雛人形コアラ


オーストラリアを引き上げるつもりはありません。
私はやっぱりこの国に住んでいたいです。




でも、オーストラリアと同じくらい日本も素晴らしい国で、私の生まれ故郷。



両方の国への愛が私の心の中に見えますハート




安住の地って、本当は私達の安定した心そのものなのかもしれないな、なんて思っていますおねがい













先週末は選挙の投票日でした。私は選挙権はないですが、私のカレがある投票所の風景を新聞社のHPで見つけました(笑)
この投票所はシドニーで有名なボンダイ ビーチ近くにあります。オーストラリアのこういうとこ大好きコアラ


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