私、今現在、自分の中に過渡期が訪れているようです



どれだけココロが窒息していたことか
どれだけ自分自身を信用してなかったか
どれだけ周りを信用してなかったか
どれだけ意固地に「人に頼らない」って閉じていたか









古くて色あせた、そして幸せを感じる感覚が鈍りきっていた従来のココロが、今ようやく呼吸を始めて血が巡り始め、溜まりに溜まって淀んでいた老廃物を排出し始めた



そんな感覚です
私の「生まれてきた理由/目的」
これが心の中にくっきりと光り始めました
「私は日々喜びを感じながら自身自身をなりたい自分へと導く」
今までの私は執着心、それに伴って出てくる依存心にコントロールされてました
「コレがあれば私は大丈夫
」
とは、言い換えれば
「コレが無くなったら私は何もできない
」
「この人と一緒ならば幸せな人生を送れるんだ
」
とは、言い換えれば
「この人がいなくなったらまた淋しいひとり身
」
私、今まで色んなものを得てきました
すべて自分が望んで得たものなんです
望んでいたことさえ忘れていたものも手に入れました
でも、それまでの私の人生にはこれっぽっちも喜びが存在していなかったんです
なぜならば、
得たら、今度は失った時を想像してビクついていたから

オーストラリア永住権を取ったけど、母が介護が必要になったらどうしよう
調理師の資格持ってるけど、体力的にあとどれくらい続くのかな
カレシが出来た!.......でも、続くのかな
こんな感じ.......



その時私が執着しているものが私の人生をコントロールしてました。
私はいつもコントロールされて振り回されていました。
「自分は幸せ以外はなりようがない」
って腑に落ちた今は、自分の周りに数え切れないほど浮遊している「幸せオプション」が見えてきたんです







「この場所限定!」「この人限定!」
「この仕事限定!」「この期間限定!」
「限定版」
なんてものは私の人生に存在しない
「日々喜びを感じながら自分自身をなりたい自分へと導く」
のが私の生きる目的なんです
もっと貪欲に多彩な喜びを選択していいんです
でも、限定すると執着が生まれ、やがてそれに依存する
そして、それ以外のオプションを「いや、ありえないわ」
って潰しにかかる
そうすると、人生の喜びが減ってくる気がするんです
すべてのオプションは私を幸せにするものなんです
だってこの私が創造したオプションなんですから
一生独身でも大正解!
誰かと2人で生きていく事を選んでも大正解!
オーストラリアを引き上げて日本に帰ることを選んでも大正解!
せっかく取った調理師の資格をもうこれからは使わないって決めても大正解!
私はいつもその時のベストを選択するんです
何も心配しなくていいんです
ようやく、執着と依存がどういうものかがわかったので、また執着心と依存心が湧いた時はちゃんとそれに向き合って対処すればいいしね
執着心と依存心も、ある種の情熱だと思うんです











オーバーヒートしたら、冷ませばいいんです 













ど~せ幸せにしかならないもんね~‼︎
へっへっへ‼︎
動物園のショップで見つけた「かくれクマノミ」のぬいぐるみ。ちょっと人面魚な感じです
