昨日書いて出したこの記事のおかげでね、










私、痛めた背中はまだ完治してないし、無職になって1年です
収入源と(私が過去理想と思い込んでいた形の)健康を手放すことになりました
こんなに気持ちいいなんてスゴイ
昨日、「自信」について思ったんです
私は日本で20年間「金融OL」でした
その他の仕事は全くやったことなかったです
そんな私が、9年前にシドニーで調理師として働き始めました



オーストラリアの永住権を取るためです
最初の1年は大変でした。毎日、仕込み、サービスと、時間との戦いで泣きそうになりながら働いてました(笑)
「私の思考のクセ: あ~やっぱり私はダメなんだ」ってのを抱きしめながらね(笑)
でも、そんな私も次第に「厨房の仕事」というものに慣れてきて、自信がついてきたんです

そして、2010年の後半に、私の「調理師としての最後の職場」になった、あるレストランに転職しました。
ここで私は、 「ここでは自信を持っていこう」って決意してね。
自己満足に浸ってましたね(笑)
頑張れば頑張るほどシフトが増えて毎日、機械のように働いて私の自信は上り調子でした







でも、そうやって走り続けて3年経った時でした。私のカラダが悲鳴を上げ始めたんです



それでも、しばらくカラダにムチを打ちながら走っていたら.......
来ました.....
アレが..........
ザ 強制終了
By 心屋仁之助 さん
もうね、恐怖のどん底でしたよ
カラダは動かない
収入源が絶たれた
いつ治るかわからない
あっと言う間に堕ちました(笑)
お先真っ暗状態です(笑)
私は「調理師」で稼ぐことしかできない。だから稼げるウチに稼がなきゃ
ある程度のスキルはあるから大丈夫
私は仕事が早いから大丈夫
私は周りから信頼されてるから大丈夫
健康だから肉体労働できる
でも、カラダが動かなくなりこれらの思い込みを覆した状態になってしまった時に私のココロに残ったものは....
「無力感」
だけでした
な~んて、滑稽な過去のワタシを思い出し笑っていると、ふと思ったんです
私が当時無くしてしまったと嘆いていたものは、実は「自信」ではなく「執着」だったんですよ
執着だったから、それをなくした時に光を失ってしまったような気がしたんです
自信と執着
完璧に勘違いしてました



失ってしまった時に「自分が無力な存在だと嘆き悲しむ」ものって、その殆どが執着なのかもしれない

でもね、今は気持ちの在り方が180度違うんですよ
背中痛くても「健康」だし思い切りダンスしてるやん(笑)
お金はまたちゃんと入ってくるよ
って思ってます

執着を手放したら自信が来てくれました
心屋さんがよくおっしゃってる
「根拠のない自信」
この考え方に触れた時に、目から鱗でした
そして今、私が1つだけ根拠を挙げるとしたらそれは
「私のことを愛する宇宙のエネルギーの存在」
ですね

私は宇宙から愛されているんですもの
私の宇宙には母や亡くなった父、友達や私のパートナーの私への愛のエネルギーが渦巻いてるんです

私と同じような考え方の人々の暖かいエネルギーも渦巻いてるんです

そんなエネルギーに包まれてて、大丈夫じゃないワケがないんですよ

自信を持って生きましょう


近所で色合いがステキなツタ見つけました
