羽黒神社宮司のブログ -1652ページ目

岡田の地蔵様

普段はジオログ で書いておりますが試しに転載いたします。




羽黒神社宮司のブログ-岡田の地蔵様


むかしは正院にも市が立っとてなあ。
飯塚岡田のもんらっちゃあ、正院まで買いに来とったがや。
(飯塚・岡田地区の人たちは、正院地区まで買い出しに来ていました)

飯塚から岡田行く峠の薄暗いとこに、ようキツネやらムジナやら出てのう、
在所のもんな、ようばかされたがや。

いるもんこうたら(必要なものを買ったら)酒一杯呑んで、酔うて帰って、
「かあか、ほろ魚こうてきたぞ(お母さん、それ、魚買ってきたぞ)」
って出したがは、魚でのうて木の枝やった。

かいもち(おはぎ)こうてきゃ泥だんご。
へいか(干イカ=するめ)こうてきゃ木の葉っぱ。

傘どもこうていったさいにゃ、峠のウチのないとこで(傘なんか買った時は、峠の民家がないところで)後ろから引っ張られる。
とうとは(お父さんは)キツネ出たと思てへでて(急いで)逃げたげと。
昼間行ってみたら傘は木のたかに(てっぺんに)引っかけてあってんと。

ほんながようあったさかい、火葬場にあった地蔵様を峠に移いてんと。
ほしたら、ほれからキツネもムジナも出んがになってんわいね。



珠洲のむかしばなし、その②でございます。

正院町岡田地区は私が宮司を兼務する火宮神社が鎮座しており、もともとは八ヶ山(はっかやま)を修験道の霊場として守護神「火の宮」に不動明王をお祀りしていました。
羽黒神社宮司のブログ-岡田火宮神社  岡田地区の氏神様 火宮神社



羽黒神社宮司のブログ-富山湾越しの立山


              飯塚方面から見た正院地区 富山湾越しに立山が見えます


このお地蔵さまは現在でも岡田のご婦人グループがお世話しており、毎年3月9日にお参りして、お地蔵さまの帽子や前掛けをお取り替えしておられます。

ところで最近は里にキツネが出没しておりますが、どうも作物を荒らすウサギを駆除するために人為的に放されたものが繁殖しているようです。

ひょっとしたらみんな気が付いてないだけで、すでにばかされているのかもしれません。
(えっ?狐じゃなくて鳩に…?)

獅子岩とイルカ

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羽黒神社宮司のブログ-獅子岩

むか~しむかしのおおむかし。

岬(三崎)の寺家に高倉彦の神様が獅子に乗って天降って来たってんと。
ほんで、そこたら中いいがにして帰ろうと思うて「獅子いるか?」って言うてんと。

ほやけども、獅子は神様があんまり遅いもんやさかい、ぐっすり眠ってしもとってんと。
また「獅子いるか?」て神様な言うたら海におったイルカな呼ばれたとおもて「おります」て言うてんといね。

ほしたら神様な「獅子がいないので一緒にお供してくれ」て言うて、ほれから獅子の代わりにイルカが神様のお使いになってんといね。
ほやし、氏子はイルカもクジラも神様のお使いやし、食べんがになってんと。

獅子は神様のお供出来なんだがを悔やんで岩になってしもうてんといね。


え~、
昔話のまず一発目ですが、
はじかみ神主 さんのブログに私がコメントいたしました「神様のお使いのイルカ」についてアップしてほしいとのご要望がございましたので、まずはこのお話からです。

珠洲弁ですが、おわかりでしょうか?

珠洲市三崎町に鎮座する三崎権現は高座(たかくら)宮、金分(きんぶん)宮両社を総称して須須神社といい、明治以前、当家は両社の別当(僧侶)と神職を兼ねており、明治以降しばらくは金分宮と奥宮の社掌(いまでいう宮司)でしたが、わけあって今は正院町に移り住み羽黒神社を本務としておりますが、当家の墓所は今でも金分宮の裏手にあります。
現在当家の家紋と羽黒神社の社紋「丸に三つ柏」はもともと高倉彦神の神紋であります。

ちなみにお隣の三崎町粟津森腰地区鎮座で私が宮司を兼務する片姫神社のお使いは鰐(サメ)です。
羽黒神社宮司のブログ-片姫神社の鰐? 片姫神社本殿の鰐(?)の彫刻


なぜか同じく高倉彦神を祀る珠洲市蛸島町の高倉彦神社や
羽黒神社宮司のブログ-高倉彦神社
、能登町真脇の高倉神社では

羽黒神社宮司のブログ-高倉神社


イルカ(クジラ)は神様の好むものとして一番に神様に捧げられます。

もちろんクジラは大いに食します。
高倉彦神社で猟師さんにいただいたクジラ…いやもう、うまいのなんのって…

現在こちらで書いております。

      羽黒神社宮司のブログ-羽黒神社



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