こんにちは、ヒーリングセラピーWelina 千恵子です。
先日からグラウンディングについて
書いてましたが、
座標を知る ということについて
世の中で言われているグラウンディングより
ちょっと独自な視点かも・・。
ということで、それについて私の視点から
補足的なことを書いてみたいと思います
政治にも世界情勢にも興味がない状態
私自身のことですが。
大人になってからこの数年前まで
社会のことにほとんど興味がありませんでした。
ニュースも見ない。政治もほぼ知らない。
だから選挙も知識がないから
行かないか、行っても白票。
「そういう重いものとは距離を置いて、
高い波動を保つことが大事」
——そんな感じでいました。
現実逃避しているつもりは、
1ミリもなかった。
むしろそれが「私なりの地球への貢献」なのだと
本気で思っていました。
そして今度は、陰謀論的なものを調べ始めた
ある時期から、
ちょっとしたことがきっかけで
政治だとか世の中のことが急に気になり始めて。
色々と調べていくと——
いわゆる「陰謀論」とされているものの中に、
まったくの作り話ではなくて、
根拠があってつじつまの合うものが結構あるんですよね。
だから私は、陰謀論的なものを一概には否定していないんです。
誇張されているものもあるだろうけど、
「本当にあったこと、または今もあっていること」
が多いと思っている。
でもここで、おかしなことが起きました。
社会に関心を持ち始めた自分を、
スピ的な自分がジャッジし始めたんです。
「こういうのが気になるって
波動、落ちてるんじゃね?」って(笑)。
自分の中で自分が分裂している、
みたいな。
今思えばちょっと笑えるんですけど。
「正義側の私」という構造に気づいた
そんな中、気づいたことがあります。
情報の中身よりも、
それを追っている人たちの心理の構造が、
みんなどこか似ているということ。
「悪があるから、それを正そうとしている私は正義側だ」
特定の政党を熱狂的に応援している人たちも、
実は同じ構造をしている。
「光 vs 闇」のストーリーを、
政治の舞台にそのままスライドさせているだけ。
そしてそれは——かつて社会から完全に目を背けていた
「無関心な私」と、
根っこの部分ではそんなに違わない気がしたのです。
どちらも、
現実をそのままフラットに見ていない、
という意味で。
歴史の話も同じだな、と思った
「正義側の私」という構造に気づいたとき、
ふと思ったことがあります。
これって、スピリチュアル界隈でよく語られる
レムリアや縄文の話にも、
同じことが起きてるんじゃないか、と。
「愛と調和に満ちた理想郷だった」
——そういう語られ方をすることが多いですよね。
確かに、当時の精神性や自然との共生には
素晴らしいものがあったのだと思います。
でも私がずっと抱いていた違和感が、
ここにもあって。
「そんなに完璧な時代なら、なぜ終わったのか?」
崩壊の理由を、
ちゃんと語る人がほとんどいない。
叡智があったならなぜ防げなかったのか。
本当に完璧な調和があったなら、
なぜ終わりが来たのか。
レムリア、縄文♪と言っている人たちの
殆どの人はその「影」の部分を語ろうとしない。
過去のユートピアの良いところだけを受け取って、
問題から目を背ける——
それも結局、「正義側の光の歴史」を
消費しているだけなんですよね。
今の現実が辛いから、
過去のファンタジーの中に逃げ込んでいる、
とも言えるかもしれない。
外の世界を見ても、
歴史を振り返っても、
同じ構造がある。
じゃあ——私自身の中には、何があるんだろう。
シャドウについて知ることが転換点に
そう問い始めたとき、
シャドウというものの存在を知りました。
自分の中の、まだ光が当たっていない部分。
認めたくない感情や衝動——ユング心理学でいう「影」。
「私のシャドウって何だろう」
と考え始めたとき、
見えてきたものがありました。
「正したい」という衝動が、私の中にある。
これ、今でも正直まだあります。
完全に統合できたわけじゃない。
道の途中です。
でも、「正したい」という気持ちが自分の中にある、
とただ気づくだけで——
何かが変わるんですよね。
情報に飲み込まれなくなる。
過剰に反応しなくなる。
すっきりする部分もあれば、しんどい部分もある。
でも、それでも立てるんです。
座標を立てる、ということ
私が考えるグラウンディングって、
完成した状態に到達することじゃないと思っています。
世界情勢とか政治も、
陰謀論的な情報も、
レムリアや縄文の話も——
「これは正しい、あれは間違い」と
ジャッジして切り分けるのをやめて、
いったんフラットに並べてみる。
自分の信条を持つことは、
悪いことじゃない。
支持する政党があることも、
「私」というものを持つなら
自然なことだと思っています。
ただ、それが
「正義側の私を証明するため」
になったとき——
そこに、自分のシャドウが
顔を出しているサインかもしれない。
歴史を知ることは、「今、ここ」と矛盾しません。
なぜ私はこの世界にいるのか。
なぜこの世界はこうなっているのか・・・
それを知ることで、じゃあ自分はどうしていくか、
どう在るのか
が見えてくる。
歴史という縦軸と、今という横軸。
その交差点に自分を置くこと——
それが「座標を立てる」ということだと、
私は思っています。
自分の真ん中に、
縦と横の軸をピシッと立てるイメージ。
その軸は、完成してから立つものじゃなくて。
途中のまま、ぐらぐらしながら、
それでも今ここに立つ、
その行為そのものが——
私にとって
本当のグラウンディングだと感じています。
グラウンディングは人生の主導権を
自分に取り戻すためのもの。
この座標は、
一度自分の現在地を知る感覚をつかんだ後は、
たとえ自分の考えや方向性、環境が変わっても、
それまでのように置いてけぼりにされることはなく、
いつでも自分に戻ってこれます。
変わり続ける現実の中で、
とらわれずに
本当の自由のなかで楽しんでいけるでしょう。
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