7月31日に父親が他界致しました。92才でした。
生涯を通して特に大きな病気はなく、亡くなる一月半ほど前に自宅にて尿が出なくなり入院、カテーテルで尿をとりながら様子を見ていましたが肺炎にもかかっており、31日、病院に居合わせた母と子供である私と姉に見送られながら穏やかな顔で眠るように逝きました、肺炎ではありましたが事実上は老衰、まさに大往生と言ってよいでしょう。

私の父は二十歳の頃、戦地へ赴き右足の膝から下を失いました。普段から多くを語らず不平不満ももらさず欲というものがいっさいない人で、今では絶滅したと思われる私が知り得る限り最後の日本男児のように思います。
父が戦争体験者ということで、子供の頃から同年代の者に比べると少しだけ戦争が身近に感じられていたかもしれません。かといって父が積極的に戦時中の話をすることはほとんどありませんでしたが、父の義足を見るたび、義足を外した姿を見るたびに戦争というものの怖さと愚かさと悲しさを肌で感じていました。そして広島に原爆が落とされた8月6日に通夜、翌日に葬儀を執り行いました。父の中のたった一人の戦争がやっと終わったのかもしれません。
父は先にも書いた通り風邪すらひかない非常に頑丈な体の持ち主で、火葬場にてお骨を見て驚いたのはその年齢からは想像もつかない太い大腿骨と骨頭、腰椎や骨盤などしっかりと形が残った骨の多さ、私も今まで何度か亡くなられた方のお骨あげに立ち会ってきましたが、今まで見た中では父のお骨が一番しっかりと残っていました。お寺のお坊さんも変な話ですがお骨をほめてました。
お坊さんの話によると、個人差はもちろんあるでしょうが、90才以上の人の方が骨がしっかり残っているそうで、60代あたりからどんどん骨が残らなくなるようです。このような話からもやはり子供の頃の食生活がだいじなんだなあと思いますね。いかに現代の食事がカロリーばかりが高い栄養素がスカスカの見た目重視な食事なのかわかりますね。
戦後豊かになったと言って喜んで食べていた欧米化した食生活が日本人にはあっていないのです。
と、話がそれましたが...
無口だった父が亡くなる少し前に結婚して以来初めて妻への感謝の言葉を口にしました。「お母さんで良かった、俺は最高の嫁をもらった」そう言ってから少し間を開けて「本人の目の前で言うのはおかしなものだ」と言いました。この言葉を聞いて母でなく私の方が泣きそうでした。ふだんしゃべらない人が言う言葉って重たいですね。
それから何日か後に微笑んでるようにも見える穏やかな顔で息を引き取りましたが、父は語らずとも私たち家族を見守り支えてくれていたのだとこの愚かな娘は今ごろになって気がつきました。
何も言わない父、献身的な母、たまにはお母さんに花のひとつでも買ってくればいいのに、母が誕生日なり結婚記念日なりに父からプレゼントなどもらってる場面を目にしたことは一度もありません。本当に昔の男だったのです。だからって父は母のことが大好きで私たち家族のことを一番に考えていてくれました。今ではそれが手に取るようにわかります。
時代が違うといったらそれまでですが、なにかと相手に期待したり物や言葉を欲しがったり見た目には愛だの恋だの言いながら流行っているのは不倫です。芸能人の不倫、政治家の不倫、もしかして不倫していない方が少ないのではないかとさえ思います。不倫騒動をネタにしている雑誌を作ってる会社にも絶対不倫してる奴いると思います。嫌いだから「奴」って言っちゃいます。そして世の中は嘘だらけ。
私は「不倫」という言葉もそれをやってる人も大っ嫌いです。例え友達でもその点に関しては嫌いです。私の父は母に愛の言葉や贈り物をしませんでしたが、真面目に働いて家族を最後まで守ってくれたとても誇らしい父です。

そう、いつも私は病気を克服するためには食事!とか姿勢だとか呼吸だとか、いろいろと言ってますが、不倫も病気の原因ですよ!!誰かを騙し、人の物を奪い、子供を欺いて自分に嘘をつく...そんな人間の呼吸がはたしてまともだと思いますか?

と、なぜか父の話から最後はこんな話になってしまい残念ですがこれが今の世の中ですね。
私は父のように黙ってというわけにはいかない性分ですが、父のように真面目で嘘をつかない人間でいたいと思ってます。真面目かどうかは他人が決めることなので心配ですけど(笑)

輪廻転生があるならば、願うのは父が来世戦わなくて済むように。
数百年、数千年未来の平和を願って今を生きたいと思います。







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元プロレスラーで現在は温灸治療師のブログでした!



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