6私は17歳の時に甲状腺機能亢進症、いわゆるバセドウ氏病を患い甲状腺を切除しております。
当時私はプロレスラーを目指していて、切除すれば病気は治りプロレスラーになれると思っていたのです。
プロレスラーになることは中学生の頃からの夢でしたが、猛反対の両親の「せめて高校ぐらいは卒業してほしい」と言う言葉に従い3年間…我慢して高校へ通っていたのです。
後に聞いた母親の言葉ですが、高校に通う間にプロレスラーになることを諦めると思ったらしいです。
そして高校3年の時にバセドウ氏病と診断されて、プロレスラーになる夢を全然諦めていなかった私はバセドウ氏病などで夢を諦めるのは嫌だと激しく思い、ただ無我夢中で切れば治ると信じこんでいたのでした。
今思うと愚かな考えですが当時の私はブレーキが壊れた機関車のような、炎の青春真っ只中なのでした。
そしてなぜか絶対にプロレスラーになれると根拠はないけど信じきっていました。結果、本当になれたんですけどあの頃の私って本当に自信に溢れていました。
そして甲状腺を切除してしばらくは体調も体力も全く問題なく生活していました。高校卒業と同時に受けたプロレスのオーディションにも合格し、まさに人とは違う意味で春満開っていったところでしょうか。
プロレス時代の話はそれだけで1冊書けるよってぐらい面白かったんですけど結果そのために体を壊したって言うのもありますが全然後悔はないのです。
あの時の決断がのちのちいろんな体調の変化、悪化につながったのかもしれませんが、それが私の人生のシナリオだとしたら全く後悔はしていません。
だっておかげで人生が面白くなったから。バセドウ氏病になったときは将来治療家になるなんて思っても見なかった、プロレスで一儲けしてジャガーを乗り回してやろうと思ってたんだもの、ジャガー横田のファンだったから。あまりにバカすぎて自分で微笑ましいですわ(笑)
そして時は流れ...
プロレスラーになったときの根拠のない自信は、
もろくも崩れ去ったのでした、閉店ガラガラ~
どころじゃねーよ!
ん?これ連載になるの?(笑)
本日も最後までおつあいくださいまして、ありがとうございました!

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元プロレスラーで元膠原病患者で現在治療師のブログでした!
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当時私はプロレスラーを目指していて、切除すれば病気は治りプロレスラーになれると思っていたのです。
プロレスラーになることは中学生の頃からの夢でしたが、猛反対の両親の「せめて高校ぐらいは卒業してほしい」と言う言葉に従い3年間…我慢して高校へ通っていたのです。
後に聞いた母親の言葉ですが、高校に通う間にプロレスラーになることを諦めると思ったらしいです。
そして高校3年の時にバセドウ氏病と診断されて、プロレスラーになる夢を全然諦めていなかった私はバセドウ氏病などで夢を諦めるのは嫌だと激しく思い、ただ無我夢中で切れば治ると信じこんでいたのでした。
今思うと愚かな考えですが当時の私はブレーキが壊れた機関車のような、炎の青春真っ只中なのでした。
そしてなぜか絶対にプロレスラーになれると根拠はないけど信じきっていました。結果、本当になれたんですけどあの頃の私って本当に自信に溢れていました。
そして甲状腺を切除してしばらくは体調も体力も全く問題なく生活していました。高校卒業と同時に受けたプロレスのオーディションにも合格し、まさに人とは違う意味で春満開っていったところでしょうか。
プロレス時代の話はそれだけで1冊書けるよってぐらい面白かったんですけど結果そのために体を壊したって言うのもありますが全然後悔はないのです。
あの時の決断がのちのちいろんな体調の変化、悪化につながったのかもしれませんが、それが私の人生のシナリオだとしたら全く後悔はしていません。
だっておかげで人生が面白くなったから。バセドウ氏病になったときは将来治療家になるなんて思っても見なかった、プロレスで一儲けしてジャガーを乗り回してやろうと思ってたんだもの、ジャガー横田のファンだったから。あまりにバカすぎて自分で微笑ましいですわ(笑)
そして時は流れ...
プロレスラーになったときの根拠のない自信は、
もろくも崩れ去ったのでした、閉店ガラガラ~
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ん?これ連載になるの?(笑)
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