記事にしたいと思う出来事は、あれもこれもあるのですが、
たくさんストックさせて、寝かせて、熟成させて、クリーニングして、
それでも書きたい!と思ったことを書く。
そんな気長~~な長期熟成スタイルで、気ままに更新しています。
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数年前の話です。
兄弟や親といっしょに住んでいると、
ちょいちょい、どうでもいいことで親と喧嘩になります。
その発端はほとんど私で、仲裁役を妹がする、というパターンでした。
ずっとそうだったので、
姉なのに、大人げない短気な自分に嫌気がさしたり、
どうしてもっと冷静な対応ができないんだろう、
と落ち込んだりするわけですが。
24時間クリーニングだ、くらいの勢いでクリーニングに熱中していた時期に、
また喧嘩が勃発しそうになったときがありました。
いつもは喧嘩した後に、反省して、
思い返しながらクリーニングしていたんですが
この日は、
「今こそ、クリーニングのチャンスだ!!」
と、むかつく衝動をぐっと抑えて、二階の自分の部屋へ避難し、
ひたすらクリーニング、手放しを集中しておこないました。
もう、ひたすら、ひたすら、煮え湯を飲まされる思いで歯を食いしばりながら(笑)
30分くらいやったころでしょうか。
不思議なことに、
いつもは仲介役で冷静な役回りをしている妹が、
とても感情的になり、喧嘩をおっぱじめました。
まるで、「わたしの代わりに」なってくれたように。
いつもと違う雰囲気で、泣きながら感情をぶつけていました。
妹はとても大人で、客観的視点からの対応策とか、冷静な解決法とか、
怒りを感じてはいるものの、感情的にぶつけるタイプではないのです。
一階から聞こえてくるヒートアップしていく怒鳴り声を聞きながら、
「あぁ、わたしの代わりになったんだ。
そうか。ただの『役回り』なのか」
現実という表舞台の裏で織りなされている
仕組みのようなものを、
俯瞰して、落ち着いてクリアに眺めているような、
なんともいえない不思議な感覚でした。
感情的で子どもっぽい「役の」 人。
冷静で大人な「役の」 人。
頑固で、自分が絶対正しいという「役の」 人。
わたしがクリーニングをすると決めて、ある「役目」を降りたら
他の人にその役回りがまわっていくだけ。
そうやってあるテーマのお芝居が、続いていくんだ。
働きアリの有名な実験、ご存じの方も多いと思います。
100匹の働きアリのうち、20匹が率先してよく働き、60匹はぼちぼち働き、
20匹は怠けて何もしない。
この働かない20匹を取り除けば、みんな働いて効率的な組織になるかと思いきや、
残った80匹のうちの20%(16匹)が、怠け蟻となってしまう。
逆に、働きアリを取り除くと、働かなかった怠けアリが働き始める。
「働きあり」「怠けアリ」という、個体があるんじゃなくて、
全体のなかの「役割」を果たしているだけ。
頑固で、人の意見を絶対聞かない親が悪いんじゃなくて、
感情的な私が劣っているんじゃなくて、
冷静で大人の対応ができる妹が優れているんじゃない。
それぞれが無意識に引き受けた役割をしているだけ。
だから、クリーニングをするんだ。
特に家族のなかで、問題行動をする人は、
じつは(もしかしたら先祖代々にわたって)
みんなが避けて見ないふりをしてきた記憶を
一手に引き受けて、イヤな役回りをして、
再現して解消しようとしてくれている
「勇者」
・・・なのかも、しれない。
と、思うようになりました。
とはいえ、
わたしもペットボトルのふたくらいの器のちっさい未熟者ですから(苦笑)
あれから、どこかで問題児に出くわしたり、
悩まされている話を耳にするたびに、
むかついて相手を責めたり、
できるだけ関わらないように避けたりと
感情にまきこまれて、反応するばかりの日々のなか、
悪態をつきながらも
ふと、あの喧嘩のことが思い出されると、
わたしが引き受けなかったきつい役回りを、引き受けた、
「影の猛者たち」
・・・なのかもしれない。
こころの片隅で、そう思うことが増えて、
「ありがとう」 と
「はやく解放されますように」 と
自然とクリーニングをしている自分がいます。
みんなしあわせになりますように。
ごめんなさい
ゆるしてください
ありがとう
あいしてる
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