コミュニケーションをとると、
この考えがとても好きで、実践しています。
こういう生き方が、本当はしたかったんだ、とかみしめながら
これをやっていると心の奥の、本当の自分とも
めんどくさい、そんないちいち気にしていたら生きていけない、と
ストレス社会の世の中を
私のなかの小さな声も、愛情も、
前回書いた、お気に入りのネックレスが壊れたあと、
ネックレスに聞いてみました。
「ごめんね。本当にごめんね。修理に出すからちょっと我慢しててね。」
すると、ネックレスの返事が
「私は大丈夫。気にしないで。このままでいいよ」とのこと。
えぇ?このままでいいって、どういうこと?
どうしてこんなことが起こったのか、
わかるなら教えてくださいって聞くと
「超えるため」 って。
あぁ、ってうまく言葉にできないけど、腑に落ちました。
そのあと妹から
「ネックレスが壊れたのって「本質の自分ってこれだ
」って
執着しちゃってるのをなくして、
もっと自由にいろんな自分を認めていいよ、ってことじゃないの?」
と、まさに的確なアドバイスをもらいました。
ネックレスからのメッセージ云々の話は、一切していないのに、
この絶妙なタイミングでのアドバイス。
最初は言葉にならない感覚で。
次にもっと明確に、言葉となって届いた
インスピレーションだと思っています。
なんて懇切丁寧だろう(笑)
私のなかのとても繊細で、やさしい部分。
これこそが本当の私だ
って、こだわりすぎていたのに
ハッと気付かされました。
タフなところも、がさつなところも、フリーダムなところも
もっともっといろんな自分がある。
今まで深くふたをしていた、繊細で愛情深い自分と、
タフでがさつな自分を、うまく一つにしたら、
両方の良さを併せ持った、予想をはるかに超えた
進化した自分が生まれるかもしれない。
これが私!ってのも、
これが本当の自分だ!! ってこだわるのも
全部メモリーなんですね。
解き放って、自由にまかせよう。
ごめんなさい
ゆるしてね
ありがとう
あいしてる![]()