先日、勘ばたらきが鋭い友人と飲んでいると、


5年前に別れた彼氏への想いがのこってて、前に進めない感じがする。

一度会いに行って、結果がどうなるとしてもはっきりさせてきたほうがいいんじゃない、と言われた。



その彼のことは終わったこととして、会いたいとか好きだとか、

そんなこと一言も言っていないし、ただ淡々と話してるだけなのに

何人かに、「一度会いにいったほうがいいよ」と言われるから、不思議に思っていたら、


あまり話さなくても、言葉のはしからにじみ出る想い、って人に伝わるよ。

だからみんなそういうんだよ、当たり前じゃない。  って。



その当たり前のことに気づかなかったよ。

いや、気づかないようにしてたんだろな。



「いろんな想いが混沌としてる、わざと混沌とさせてる、っていったほうがいいかな。

見なくてもいいように。

そこらへん整理しないままだと、ただ今のまま年をとっていくだけだよ。」



これはテーマを与えてもらったな!と思って

そこらへん集中的に解放しようと、利点・不都合のワークから掘り下げていった。


いろんな考えや気持ちがミルフィーユのように、出てくる出てくる!

すごい山積み!



抵抗もすごくて、なんか気がのらない。 解放をやる気にならない。

スキあらば違うことを(何か食べたり、TVみたり、本よんだり)しようとしたくなる。

眠くなるなる。


あの手この手をくぐりぬけて、いろいろ解放していくと、



「愛しても愛されない。自分を犠牲にしないと愛されない」


愛とは一方通行、愛したら負け。



そんな思いこみがでてきた。

でも、頭は理解しても、そこまで感情はでてこない。


よほど感じたくないみたい。思い出すのもいやみたいだ。

認めたくない。そういってる気がする。



こんなに痛々しい想いがあるなんて。





ゆっくり、まずはその想いといっしょにいよう。

解放はそれから。