ほんとは人はゆるされたいのに、ゆるす側をやる方が優位に立てる(と思っている)から人を悪者に仕立てて怒ってからゆるすというプロセスをやるんだよ。
それもまた必要なプロセスなんだろうけど、気付いたらまた別のやり方を選択できるようになるね。
ただ自分をゆるしてあげるだけでいい。
優位に立てるというか、自分の中にある無力感とか罪悪感とかに気付かなくていいからかな。
わたしの場合はただ「ふがいないわたしでごめんね」と言えればいいだけだった。それを言ったら責められると思っていたのかもね。
「わたしは悪くない!」と言うことを主張しすぎて、実際にわたしを責める人間などほとんど人生に現れないが、ずっと自分が自分を責めているのであった。そりゃ生きづらいわ。
いやほんと、ただ生きるだけのことを頑張りすぎました。えらいね。お疲れ様でした。
死ぬわけではないよ。
どうしたってわたしは生きるしかありません。
人をゆるすのは自分をゆるすことの疑似体験だよ!(なの??)
ほんとに相手をゆるすことができたらそれは自分をゆるしたということなんでしょうね。
ゆるすってひらがなで書くとゆするに見間違える〜。人を脅して無理やり金品を出させる行為〜。
人を責めるのは自分を責めることの疑似体験〜。つらたん〜。
まあ、ぜんぶ愛だからいいんだよ!(雑〜)