保育園児2人を育てながら、フルタイムで働く生活。

頼れるのは夫だけで、毎日が綱渡りのようでした。

夫も奨学金を受けて専門学校に通っていたので、就職していわゆる「お礼奉公」の5年が過ぎたら大阪に戻るつもりでいました。


でも当時は、時間にも気持ちにも全く余裕がありませんでした。

夫婦2人の転職先を探し、住む場所を決め、引っ越しの段取りをしなければならない…。

家には大量のモノ。
荷作りすると考えただけでも気が重くなり、夫婦で話し合って、結局そのまま滋賀で暮らすことにしました。

自分で決めたはずなのに、私は長いあいだその決断を後悔していました。



職場から見える田んぼや山なみ。とってものどかです。今はこの地に住んでよかったと思っています。


当時の私は、過去を振り返っては後悔ばかり。


「あんな遠い高校に行かなければよかった。」
通学が大変過ぎて、本気で転校したいと思ったほどです。

「夜間大学なんて行かず、高校卒業して働けばよかった。」
バブルははじけ、就職活動が大変でした。

「腰を痛めるまで、ムリして働かなければよかった。」などなど。

過去を思い返しては後悔する始末。

ただ、夫との出会いだけは違いました。

丸ごと受け止めてくれる夫と、その夫を育ててくれた義父母のおかげで、幸せになれるんだと思っていました。

だから、何かを決める時はまず夫の意見を優先。

優柔不断な私は、
「夫の意見が私の意見でもある。」
そんなふうに思い込んでいたように、今なら思います。

思い込みって本当にやっかいで、当時はそれが思い込みということにも、全く気付かなかったのです。

色々な方に助けてもらったり、取りたい資格も取って良かったこともたくさんあったはずなのに。

3人目の子どもが生まれた後は、さらに生活は目まぐるしくなります。

でも私は、もっともっと家事をきちんとして、子どもにもしっかり関わらないとだめ。
仕事も、もっとがんばらないとダメ。
と自分にダメだしばかりしていました。

大量のCDは使われることなくしまい込まれたまま。
当時の私には音楽を楽しむ余裕など皆無でした。