日々の指針
西園寺昌美
一、私は自らの直観力を信じ切っている。直観力を十分に活用するには、古い習慣や思い込みを捨て、自らの内より溢れ出る瞬間的なひらめきを見出すことである。
二、驚くことに、直観力はあまり努力を必要としない。コツは、考えをあれこれとこね回さないこと。
三、私は今まさにここに生きている。存在している。原稿を書いている。あるがままに生きていること以上に尊いことはない。
四、創造力は、誰にも、そしていかなる人にも本来、天性として備わっているものだ。それを使いこなすのは、本人の神聖と信念のみだ。
五、夢を追求している時は、心は決して傷つかない。歓喜のみだ。それは追求の一瞬一瞬が神との永遠の出会いだからだ。
六、全人類はいかなる事情があろうとも、現在生きていること、生かされていることに感謝すべきである。自分が生きていることそのものを尊重し、崇拝すべきである。なぜならば、自らの生ほど神聖なるものはないからである。
七、世に問う宗教とは何か?人は、自分を信じられないがため、神という偉大な存在者に帰依して救われたいと望む。しかし究極の真理からすれば、全人類一人一人はみな一人残らず、神聖そのものを持って誕生してきている。その自らの神聖を磨き高め上げ、発揮させてゆくのが人生であり、宗教である。
一、今、YouTubeなどでいろんな人の考え、思想などがいくらでも入って来るが、振り返ってみるとほとんどが身についていない、役立っていないことがわかる。答えは自らの内にある。自分自身(我即神也)が答えなのだ。
二、本心の上を想いがぐるぐる回っている、想いとは相手の思い、ほんとうの自分の心、本心ではない。
三、あるがまま、簡単そうで余程心がスッキリしていないと出来るものではない、「ああだ、こうだ」とこねくり回さないことがコツだ。
四、「我即神也」「我即神也」「我即神也」と自分に言い聞かせることが神聖と信念に近づく早道だ。
五、夢とは自我欲望ではなく、世界(宇宙)人類が幸せになること、平和になることを祈り、実現することである。
六、死んでも生命は霊界、神界で生き続けるから神聖そのものなのだが、肉体界に神聖を顕わしてこそ、肉体界にいる意味があるのだ。
七、宗教を多くの人が誤解している。宗教とは宇宙を示す教え、宇宙法則を解いたものである。
宗教は私たちの心の中に存在している。


