一、欠点を掘じくりかえして、人間はよくなるものではない。また、自分の欠点を取ろう、ぬこうとしても、なかなか出来るものでもない。ぬこう取ろうと自分で思うことよりも、神さまのみ心の中に深く入りこんでいくと、知らないうちにぬけてゆく。それが遅いようだけれど、 一番早い方法である。
二、修行というのは、自分がするのではないのです。自然にさせられるのです。自分が意気ばって、偉くなろう、悟ろうというのではないのです。勿論、志がなければだめですけれど、例えば、何か人のために生きたいとか、自分の生きている間に天命を完うしたいとか、という熱意を燃しつづけていると、守護霊守護神がその人に適当な導師のところへ連れていってくれるし、またその人の修練に適している場所に運んでくれるし、人に会わせてくれるのです。
だから、 まず守護霊、守護神への感謝行をせよ、 と私は教えているのです。
三、善い人は何故弱いか、コチョコチョこれでいいのかしら、私は悪いんじゃないか、とわざわざ悪いところばかりさがして、ひねくりまわしている。
それより自分の特長のよい点をどんどん伸ばしてゆくことだ。
四、
子供に次の三つのことをしつけたらよいだろう。
①人に迷惑をかけない。
②自分のことは自分でする。そして、
③余ったカで人の手助けをしよう。
五、自分をおかすものは何もない。自分をおかすものは自分の想いだけなのだ。しかしその想いも消えてゆく姿なのだ。
六、あせってはいけない。世界平和の祈りで暮している人の運命は決まっているのだ、悪くなりようがないのだ、よくなるにきまっていると思って、どんなことが現われても、消えてゆく姿だと思って一生懸命祈ってさえいれば、この世の現象面のいいとか悪いとかは間題じゃなくなって、いつも心が平安になってゆく。
『如是我聞』五井先生の言葉高橋英雄著
二、の感想
修行は自分がするのではない、自然にさせられる、その通りだと思います(笑)
その自然というのも守護霊さん、守護神さんが素晴らしい導師、メンターのところへ連れて行ってくださる、私はまったくこの経験をしていました。
しかも自分で志がなかったのに、人のためになりたいとか天命、ミッションをまっとうしたいとか、そんなこと考えていなかった、自分のことで精一杯だったのに、しかし、今、思えば私の中には、「人類愛」があったのだと思えるのです。
だって、いつの間にか無意識に「世界平和の祈り」を祈っているのですから
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命がまっとうされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます


