予兆はあった。突然『キャン』と鳴いたり フラフラと天井を眺めたり
足の神経からくる影響と思っていたが 今思えば 予兆だった。
mama大好き😻なちょびが mamaを見て震えた時はさすがにおかしいと病院へ行ったが
これといった答えはなかった。
それから 数週間後 回転しながら進むちょびを見て 🐶病院へ。
『脳腫瘍かもしれません。余命は1,2か月です』と言われた。
『うちで出来ることは ありません』とも言われた。
mamaは『この子がもし私たちと一日でも長く一緒にいたいと望むのなら
私たちが今出来る事はどんな事でもしてあげたい。』と泣いた。
一時的にステロイドが出されたが MRIの結果を見ない限りこれ以上処方出来ないと
医療センターを紹介された。 🐶病院の『脳腫瘍かも・・・』の かも に期待した。
『なーんだぁ 間違えー⁉』なんてオチかなー。 誤診である事僕たちは願った。
車中は妙なテンションだった。 期待はずれ ・・・結果は同じだった。
ショックを受ける僕たちに
『今後の方針を相談するなら20時迄に🐶病院へ行かないと再診してもらえないみたいです。早く向かった方が・・』と言われ 激しい雨の中 急いで🐶病院へ向かった。
ちょびはぐったりして mamaの服はちょびから出た液体で濡れたまま
なんとか20時迄に🐶病院に滑り込んだ。
あの日のちょび
22時頃 僕たちの順番がきた。
MRIの画像を見ながら 『うちで出来ることは ありません。』
『次回 治療方針を決めて来てください。』とてんかんの薬を処方された。
mamaは何も手につかなくなって 僕たちは寝たきりのちょびを囲んで毎日寝起きした。
落ち着かない日々の中、娘の🌸チャンが心配して様子を見に来た。
ちょびは🌸チャンに 近付き嬉しそうに『クゥン』と鳴いて 尻尾を振った。
夜中 呼吸が止まってないか 何度確認した
右半身麻痺の為、排泄や食事が不自由で声も出なくなったけど
お漏らしは無かったし ちょびは今迄と変わらない生活をしようとしていた。
『・・・こうしてる間もちょびの命を無駄にしてる。』
mamaは大学病院の放射線科へ行くことに決めた。
🐶病院に紹介状をもらい 放射線科を訪れた時 告知から2週間経過していた。
僕たちには 積極的な(放射線)治療より緩和治療が望ましいと 決まり
再び🐶病院を訪れた僕たちに
『(病気と)戦わないのですか? それなら うちは応援団にしかなれません。
出来ることは ありません。』と言われた。
・・・別の意味での 絶望でした。
いつもありがとうございます
これからも ぐうちょびを宜しくです (๑◔‿◔๑)~♡


