玄関前の植木鉢の中のひとつに、
この時期ならではってことで、
クリスマスツリーを模して、
今年小さなコニファーをいれてみたんです。
赤いベルや丸いオーナメントを、
それらしく見えるように飾ってご満悦![]()
ところがところが…、
落ちるか飛ぶかで、
見るたびにオーナメントが減っていって、
気づけばほんとんどなくなってしまってて。
これはいけないってことで、
さっき掃き掃除がてら、
家の周りを見てみたんです。
そしたら…
なんでそこに…?という場所で、
オーナメントをぞくぞくと発見☆
どんな風が吹けばそこまで飛ぶの?
つむじ風でも吹いて上へ飛び上がったの?
初の試みのクリスマスオーナメントから
思いがけず、
自然のちから、
風の不思議を教えられましたよ。
おもしろいですね。
風の飛距離、はんぱないです。
さて。
まだまだ記事化できていない、
セッションからの気づき、
いっぱいあるので、
順に記事化してまいります。
昨日は私用で1日、
おでかけしてましたので、
今日とりあげるのは、
先日「電話」をつないで実施した、
潜在意識カウンセリングからの気づきです。
シェアする気づき、
それは、
「疎外感」には、
・どうにかなる疎外感と、
・どうにもならない疎外感とがある
ということ。
人の輪に入れない、なじめない、
自分だかが浮いている、
置いていかれてる感覚がする。
ありますよね。
どちらかといえば…、
人がいなくて寂しく感じる というより、
人がいるにもかかわらず
寂しく感じる、 そちらですね。
とはいえ、
意図的に、
仲間外れにされているわけではなく、
※そういう時もあるかもしれないけど
当の本人が、
「なじめていない」と感じている、
または、
当の本人が、
「自分は必要とされていない」と感じている、
そんな感じ。
私は幼少期に父の仕事の関係で、
何度か転校しているので、
疎外感、あの感覚はもう、
しっかり記憶に残ってますし、
所在なく感じて居心地が悪い、その感じ、
めちゃめちゃリアルにわかります。
いやですよね。
人がいるのに馴染めない感じや、
私…ここにいていいのかな?という、
あの妙に落ち着かない感じ。
たちの悪い人になると、
そういう人間の心理を、
ちゃんと理解したうえで、
あえて人を孤立させる、
疎外感を抱かせることで、
優越感を抱き、
己の自尊心を高めようとする人もいます。
たとえば、
これは女子によくありがちですが、
仲の良い3人組(奇数)の、
女の子グループ内で、
2対1みたいな構図をあえて創り出し、
誰かを孤立させて、
自分は鼻高々、みたいな。
または、
あることないこと吹き込んで、
誰かと誰かをケンカさせ、
漁夫の利方式で、
自分はお気に入りの人を独占しようとする
そんな人もいます。
劣等感が強い人ほど、
優越感を抱きたいという心理は、
強くなる傾向があるし、
勝ち負けにこだわりやすい。
さらにそこに、
強めの独占欲というのが足されると、
高確率で、
トラブルメーカーになりやすい。
そうも言えるかもしれません。
所属したい、属したいと欲求と、
属すことにより得られる安心、平穏。
人間はみな、
大なり小なりそういうものがあるので、
※マズローの欲求5段階節参照
疎外感?
私はそんなの一切ありません!
というのは不自然な話。
「そんな自分を、
私は認めたくありません」というのなら、
まだ理解できますが、
「私はそんな欲求も不安もありません」
とか言い出したら、
ん?となるかもしれません。
それくらい、
疎外感というのは、
人間にとってなじみのあるもの。
そして、もうひとつ、
おぼえておくといいのは、
疎外感には大きく2つあって。
①どうにもならない疎外感と、
②やり方次第では薄まっていく疎外感とが、
あるんです。
どうにもならない疎外感というのは、
世代とか、国とか、文化とか、性差とか、
なじもうにもなじめない、
ハマろうにもハマれない。
そういうもの。
どんなにがんばったところで、
努力したところで、
わかるようなわからないような。
必死に相手を慮ろうとしたとしても、
最後の最後、
ちょっとわからない、みたいな、
そんなことってあります。
努力とは無関係、
コミュ力(りょく)ともまったく関係なし。
他方、
自己開示して、
少しづつ距離をつめて、
相手を理解しようとして、
徐々に信頼を築いていくことで、
疎外感が薄れていくこともあります。
これには多少、
努力やコミュ力、おもいやりが必要です。
総じて何が言いたいかというと、
けっこう私たちこの、
どうにもならないものと、
どうにかなるもの、
2つの疎外感をごっちゃにしがちで。
若い人たちの感性についていけない、
それでへこむ、自分の頭の固さを嘆く、
そういうことをしてみたり、
どうにかまだやり方があるものに対して、
もうどうせむりだから…と匙を投げる、
どうせ自分はダメなんだからと状況を憐み、
可哀想な自分に浸ってみたり
ということもある。
必然的な疎外感もあるし、
偶発的な疎外感もあるよと。
どうにもならないものにばかり囚われ、
自分を責めててもしょうがない。
コミュ力のなさにつなげて、
嘆いてもしょうがない。
それくらいならばもう、
そういうものだと受けとめて。
まぁしょうがないか、
ま、いっかと、
力を抜いた方がよほどいい。
そもそも。
なんでもかんでも、
だれにでもどこにでも、
なじまなきゃいけない
わけでもないし、
いつだってみんな仲良く助け合ってと、
やらなきゃいけない、
わけでもない。
家族しかり、会社しかり、
コミュニティしかり。
同じ意見の人ばかりがいたら。
なにも議論が生まれなければ。
表面上ばかり繕っていたら。
衰退しますよね。いずれ。
同じを強制ばかりしたら軍隊だし。
時に意見が合わないこともあれば、
言い争いがおこることだって、
時にはあるかもしれないけど、
大きくみればそれが自然で、
それが健全。
疎外感を恐れるあまり、
疎外感を嫌がるあまり、
争いを避けるあまり、
議論をおそれるあまり、
常につねに、
イエスマンである必要もなければ、
仲良しごっこをする必要もない。
ぶつかる=悪でも 終わりでもないし、
ぶつかる=絆・安心ってことだって、
ないわけではないですしね。
過度に「ずれ」「違い」を恐れない。
疎外感を過剰に恐れない。
疎外感なんてあってしかり。
仲が良くても生じる時は生じる。
だからこそ仲良くなると嬉しいし、
メリハリとなっていいんです。
疎外感は抱いていいし、あってもいい。
無くさなきゃいけない!となりすぎると、
しんどくなるよと。
こういうことでしょうか。
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