生きている間に気づくのか死んでから気づくのか~私たちは互いに影響を与え合っている~ | 京都大山崎 言い訳をやめて夢実現!「できない」が「やりたい!」へと変わる潜在意識カウンセリング 潜在意識専門家(公認心理師)

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奇跡は「自分」でつくるもの!見える世界と見えない世界をつなげます。おもいこみにふりまわされるのではなく、潜在意識を活かして輝く!受け身ではなく、主体的に生きる方法をお伝えします。

 

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ご訪問ありがとうございます。

グリーンフォレストの森口です。

 

 

 

年末感はないながらも、

 

年内に片づけておこうと思うことで、

やけに用事が集中した今週。

 

 

さすがに疲れたのか、

多少腰の痛みをかんじております( ̄ー ̄)ぬぬぬ

 

 

知らぬ間に蓄積する疲れ。

 

 

疲れに限らず、

仕事も家事も感情もそうですが、

 

 

自覚するころには諸々すでに、

山積みになっているなんてよく言われます。

 

 

 

どなたさまもどうぞご無理のないように。

 

 

…私が言ってもまったく説得力ないかもしれませんが( ̄▽ ̄)

 

 

 

 

 

 

親に頼まれていた用事をこなすため、

実家のある神戸で過ごした水曜日を越え、

 

 

 

昨日木曜日はZoomをつないで、

潜在意識カウンセリングがありました。

 

 

 

このところ、

 

人の生死(訃報)や、

自分も他人も含め、病気・体関連の出来事が、

 

 

身近であった、

目にした耳にした なんて方が、

 

 

増えているんじゃないかと思うんですが、

 

 

いかがでしょうか。

 

 

 

季節がらってことももちろんあるけど、

それだけにとどまらず、

 

 

 

2024年のテーマでもある、

 

自分、人生、魂、命 と、

視座を上げながらの「認識」「自覚」

 

 

 

ことし2024年のお正月からずっと続いた、

 

 

 

生きるとは?愛とは?

私はどう生きたいか?

 

 

 

そんな問いかけへのあなたの答え。

 

 

正論や一般論ではなく、

あなただけの答え、あなたが選んだ答え。

 

 

 

2024年が終わろうとするこの時に再度、

 

私たちは確かめられているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

感情が大きく動くことがあった時、

私たちはどうしても目の前のことに囚われます。

 

 

やけにポジティブすぎたりすると、

 

 

もはや自分は人生勝ち組!

そうじゃない人は可哀想~とばかりに、

 

人を見下し優越感にひたりますし、

 

 

 

悲観的に考える傾向があれば、

 

誰も自分のことなどわかってくれない、

自分だけが苦しみと共にある…とばかりに、

 

 

孤独感を強めてしまいます。

 

 

 

それが良いとか悪いとか、

そういう話ではなくて。

 

 

 

感情が大きく動きときほど、

私たち人間は、

 

 

視野は狭まり視点は固定されるので、

 

柔軟な考えなどまず浮かばないし、

人の意見なんか一切耳に入らなくなる。

 

 

 

ロダンの「考える人」の像を見てもわかるように、

人間にはそういう傾向がある、

 

 

そういうものだ ということですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

視野が狭まりもはや、

自分の考え、おもいにしか目が向かない、

 

 

その究極のかたちが、

 

 

自分で自分の命を絶つ選択、

そうとも言えるかもしれない。

 

 

 

このお仕事をしていると、

いろんなケースを見聞きします。

 

ゆえに、

 

一般論よりも、

個人個人の背景、事情を重視する、

 

それがある意味、

身についてしまってるので、

 

 

みずから命を絶つ、それが、

良いとも悪いとも言えないし言いません。

 

 

 

ですが、

それも含め、

 

ことし2024年のテーマともいえる、

 

 

 

 

自分、人生、魂、命 と、

視座を上げながらの「認識」「自覚」

 

生きるとは?愛とは?

私はどう生きたいか?

 

 

 

こことつなぎあわせて、

「気づき」としてとりあげるならば、

 

大切なことが浮かび上がってくるんです。

 

 

 

それは…

 

 

 

表と裏、表面と内面、

陰と陽、光と影、そんな言葉に代表される、

 

 

 

相反するようなとらえ方

その先にある「愛」。

 

 

 

そこに気づけるかどうか、

そこに目が向くかどうかで、

 

 

目の前に見えているものは、

大きくガラッとひっくりかえる 

 

ということですね。

 

 

 

 

 

 

 

私たちは努力の先に望むものが見えた時、

この結果は自分の努力の賜物だと受けとめます。

 

 

当然ですよね。

 

 

その結果、成果を得るために、

日々がんばってきたんですから。

 

 

てことはその逆、

 

 

努力の先に望むものが見えない時は、

どう受けとめるんでしょう。

 

 

 

おそらく自罰的な傾向のある方は、

 

 

自分の努力が足らなかった、または、

自分の能力が足らない

 

何かが欠けている、

 

そう受けとめるでしょうし、

 

 

 

他罰的な傾向のある方は、

 

 

○○が悪いから、○○のせいで。

自分はやるだけやったのに○○された

 

 

そう受けとめるかもしれません。

 

 

 

どっちかという考え方になりがちですが、

必要なのはどっちもで。

 

 

 

自虐的になりすぎず、

状況を俯瞰してみることが大事。

 

 

でもさきほどあげたように、

 

 

 

私たちは考えれば考えるほど、

 

その考えに囚われば囚われるほど、

 

 

 

独りよがりで傲慢に、また、

視野が狭まり卑下してしまうんです。

 

 

 

つまり、

 

 

 

努力の先に望む結果があった時には、

すべて自分の手柄とばかりに横柄になるし、

 

 

努力の先に望む結果が無かった時には、

 

自分なんて無価値で無力で、

いなくてもいい存在だと、

 

考えてしまい思い込んでしまう。

 

 

 

相反するように見えますが、

 

 

努力の先にある結果、それを、

表と裏、視点を変え物事をみてみると…

 

 

同じってことがわかります。

 

 

 

陰と陽、光と闇、白と黒、等々、

まったく違うように見えてじつは同じ。

 

 

独りよがりという共通項、

うかびあがりますよね。

 

 

良く悪くも自分に浸る、

人の意見を切り捨てる、耳を貸さない、

 

共通項がどんどん浮かびあがってきます。

 

 

 

総じていうと、

 

 

 

ある意味それが人間の傾向だからこそ、

人間味ともいわれる要素だからこそ、

 

 

意識しておきなさい。

自覚しなさいと。

 

 

自分は今どちらの面が表出しているのか。

どちらの面にとらわれているのか。

 

 

さらには、

 

 

浸れば浸るほど色濃くなる、

濃度を高めるのが人間の脳の特徴なので、

 

 

早めに客観的視点をいれなさい。

 

 

自分とは違う考えをいれて、

薄めなさい中和させなさい。

 

 

 

そして、

最も大事な気づきの促し。

 

 

 

独りよがりになれば見えなくなるのが、

 

周りにいる人の支え、

縁の下の力持ち的支援、応援。

 

 

だからこそ、

 

 

おかげさまでいうとらえかた。

 

 

また、

 

 

自分がどうあったとしても、

 

一見わからなかったとしても、

理解できなかったとしても、

 

 

思いを寄せてくれている人がいるという、

気にかけてくれる人がいる、

 

大目にみてくれる、

おおらかに受けとめてくれている人がいる、

 

その事実に対し、

 

 

 

ありがとうといううけとめかた。

 

 

 

 

独りよがりになってしまう人間だからこそ、

 

 

 

自分だけが苦しい、○○のせい、

自分がやってあげたおかげ、私のおかげ、

 

 

そうして、

 

 

良くも悪くも、

自分を基準にして考えがちな人間だからこそ、

 

 

 

おかげさまとありがとう、

 

これを忘れてしまうと、

 

 

 

人生が空しく、もの悲しく、

 

生きている実感を、

抱きづらくなってしまうんだよと。

 

 

 

家族がいようが、友達がいようが、

お金があろうが、肩書があろうが、

 

なにかいつもぽっかりと、

穴が開いているかのように感じてしまう。

 

 

なにかいつも満たされないような、

そんな感覚になってしまう。

 

 

それはひとりよがりになりすぎて、

抜け落ちてしまったものがあるからだよと。

 

 

良くも悪くも、

 

自分だけ に、

なってしまっているからだよと。

 

 

 

 

 

 

自分だけ になってしまうと。

 

 

そんなつまりはないなかで、

自分に囚われてしまうと。

 

 

窮屈なんです。

息苦しいんです私たち。

 

 

自分を知る探求する と、

自分だけを見て感じるのとは また違います。

 

 

自分を知ることは、

自分のみならず人間を知ることにつながるし、

 

 

いまを知ることは、

過去も現在も未来も知ることにつながります。

 

 

知るは拡がりで、

癒しであるはずなんです本来。

 

窮屈にはならない。

 

 

それ同様、

 

言葉(表面)だけになってしまう、

おもい(内面)だけにとどまってしまう、

 

すると、

 

体をもつ私たち人間は実感を得にくい。

 

 

うれしいのに、

なぜか悲しいって言ってしまう、

 

こわいのに、

へっちゃらのふりをしてしまう。

 

イメージできますよね。

 

 

言葉にしたものよりも、

違う!って感覚のほうがより強くなるのが。

 

 

表に出るもの(言葉等 自己表現)と、

内側にあるみえないおもいとを、

 

結びつける、つなげ合わせる、拡げる。

 

 

 

そうして初めて私たち人間は、

 

実感や自覚ができるし、

満足に結びつけられるようにできているし、

 

 

自分をもちながら人とつながることで、

孤独感を和らげられるようになっている。

 

 

こういうことでしょうか。

 

 

 

 

 

 

自分がいなくなったところで、

特に世界は変わらないだろう。

 

 

最初こそ動揺はしても、

 

時間経過とともにどうせ、

その動揺も衝撃も薄れていくにちがいない。

 

 

そんな考えが浮かぶことよぎること、

私は悪いことだとは思いません。

 

 

それイコール死だとも限らないし、

 

それイコール自己価値が低い、

自己卑下とも限らない。

 

 

 

私もふと思うことありますもん。

私1人がいなくなったところでって。

 

 

 

どの人も明日のことなどわからない。

私だってわからない。

 

2024年の元旦にどの人もみな、

考えさせらたでしょう人生について。

 

 

いきなり…ってことだってある、

それは最近の芸能界の訃報からもわかります。

 

 

 

そういう現実を見ながら私たちは、

 

 

生きるとは?愛とは?

私はどう生きたいか?

 

 

意識し目を向け答えを出す。

 

 

 

そしてその自分なりの答えを携えて、

2025年に突入するのかな と思うんです。

 

 

2024年の最後の月12月の1日と31日が、

新月だというのも納得ですよね。

 

 

 

 

愛を感じる、生きている喜びを感じる、

自分の存在意義を知る、求める、

 

なんでもいいと思うんですが、

 

 

すべてにおいて言えるのは、

 

 

 

独りよがりになりがちな人間だからこそ、

 

 

 

おかげさま と 

ありがとう を携えていけば、

 

 

 

人生という旅の道中で、

 

その都度呼応する人たちと、

信頼できる人たちと私たちはつながれるし、

 

 

人間関係が気持ちの良いものに、

なるのではないかしらと。

 

 

それによって、

 

 

喜びはより大きくなり、

満足がさらに大きくなり、

 

愛を受けとり、

愛を与えられる存在になるでしょう。

 

 

その時には、

 

自分のみならず、

知り合いのみならず、

 

 

自分の知らない人たちにもいつのまにか、

 

を運ぶ存在になっているよと。

 

 

 

特に何か大きなことを成し遂げようと、

誰かの役に立とうと意気込まなくてもね。

 

 

 

 

昨日の潜在意識カウンセリングでは、

 

なかなか深く壮大な、

 

でも、

 

どの人にも必要な、

どの人も今促されている気づき、

 

 

そちらが出てきましたのでね。

 

 

 

長くなりましたが、

取り上げシェアしてみました(*´ω`)

 

 

 

自分の知らないところで私たちは、

相互に与え合ってるんです影響を。

 

 

バタフライエフェクト ですね。

 

 

自分がいなくなったところで、

何も変わらない じゃなく、

 

 

あなたがいないことには、

成り立たないものがある。

 

あなたは知らなくても、

あなたを喜びと、支えとしている人がいる。

 

 

 

その事実に生きて気づくか、

亡くなったのちに気づくのか。

 

 

 

大きさや重さにこだわるのは、

人間だからこそ。

 

価値にこだわるのは、

人によって価値観が違うからこそ。

 

 

 

無理やりではなく、

自然そう思えるようになれたとき、

 

 

そりゃそうだよなと、

思えるようになったとき、

 

 

 

その時私たちはおそらく自然と、

 

 

おかげさまで、

ありがとう と、

 

 

勝手にその言葉をくちにしてるんだろうし、

 

 

 

逆もまたしかり。

 

 

 

今は全然そうは思えなくても、

 

 

おかげさまで、ありがとう という、

言葉を意識しくちにする、

 

 

それにより、

 

 

先に意識が底上げされていくことで、

 

 

連動する現状が変わりはじめたり、

人間関係が改善することもあるかもしれない。

 

 

 

ありがとう、おかげさまで が、

魔法の言葉と言われる所以

 

 

そういうことなのかもしれません(*´ω`)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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