傷ついてやらない、あんたなんかに私を傷つけさせない | 京都大山崎 言い訳をやめて夢実現!「できない」が「やりたい!」へと変わる潜在意識カウンセリング 潜在意識専門家(公認心理師)

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奇跡は「自分」でつくるもの!見える世界と見えない世界をつなげます。おもいこみにふりまわされるのではなく、潜在意識を活かして輝く!受け身ではなく、主体的に生きる方法をお伝えします。

 

ご訪問ありがとうございます
グリーンフォレストの森口です
(^ー^)

 
 
どこから入ってきたのか、
部屋の中に1匹「蚊」がいるようで、
 
 
さっきから目を凝らして、
行方を探しているんですけど、
 
どこに消え去ったのか、
なかなかどうして仕留められず。
 
 
むむむ…。
となればいたしかたあるまい。
 
 
命拾いした「蚊」よ。
 
 
もうあなたを追いかけるのはやめるので、
 
どうか私が眠る時には、
耳元に来ないでいただきたい( ̄ー ̄)
 
 
 
苦肉の策、
「蚊」に共生を提案するありさまです。
 
 
 
 
 
 
 
毎日バタバタしつつも、
 
 
京都に遊びに行ったり、
 
国家試験合格祝いのお食事会に行ったり、
 
今週末には、
アイススケートのショーを見に行く予定だったりと、
 
 
 
それなりに遊んだり出かけたりして、
毎日を楽しんでおります(*´ω`)
 
が、
 
ブログからの印象なのか、
おもいのほか忙しいイメージが強いみたいで。
 
 
あれ?そう見えてるの?と、
時に我が身を振り返っております( ̄▽ ̄)
 
 
 
たしかにそういう時もあるけど、
そうでない時も当然ありますからね。
 
 
そんな時はもう、
動画を見つつゴロゴロごろごろ。
 
 
隙あらば、いや、むしろ隙をみつけて、
寝っ転がっているような状態です。
 
 
 
 
※私ではありません…ほぼ同じ格好だけど( ̄▽ ̄)
 
 
 
今日ちょっと耳にした話から、
気づきをシェアすると、
 
 
 
誰かの言葉や態度、
 
たとえば、
 
嫌味やマウントみたいな、
なにかこう「トゲ」を感じるような言葉、
 
 
そんな言葉を、
誰かから投げかけられたような時。
 
 
その時もし心に余裕があれば、
私たちは受け流すこともできると思うんです。
 
 
 
…あ~また言ってるわこの人と。
 
はいはい、そうですねー(棒)
みたいな、そんな感じでしょうか。
 
 
まだね。
心に余裕があればそれも可能。
 
 
でもそうでなければ?
 
 
心に余裕がない時に、
えらく乱暴な言葉を投げかけられたら?
 
 
こころ穏やかにいようにも、
なかなかそうはいきませんよね。
 
 
 
 
 
 
なにかちくっと言われたときに、
まともにその言葉を真正面から受けとめたら、
 
 
腹も立つし気分も悪いし、
 
なんとかやり返してやらないと、
 
言い返してやらないともう、
どうにもこうにもやりきれない。
 
 
かといって、
誘いに乗ってしまえば、
 
ボヤが大火へと発展し、
大変なことにもなりかねない。
 
 
 
ならばもうここぞとばかりに、
スルースキルを発動させて、
 
 
先ほど挙げたように、
 
はいはい、
そうですねー(棒)と。
 
 
まともにやりあわず、
 
 
うけ流す、右から左、スルーするのが、
精神衛生上もっともよろしいでしょう。
 
 
 
でもこの方法はなかなか高度ですし、
心に余裕があればという条件つきですから、
 
 
そうできる時もあれば、
できない時もあるといった不安定なもの。
 
 
となるとなかなか、
安定供給が難しいと(ーー)
 
 
ならば、
今日話してたんですが、
 
 
 
第3の方法として、
 
傷ついてやらない
 
という、
 
 
 
そんな方法はいかがかしらと。
 
 
 
 
 
 
不機嫌をばらまくあいつの言葉、
いつもマウントをとりにくるあいつの言葉、
 
 
相手はこちらが傷つく、へこむ、
悔しがる、嫉妬することが目的ですから、
 
 
相手の望む態度を示したらばもう、
相手の思うつぼ。
 
 
相手の言葉によって支配下に置かれる、
なんかそれも気分が悪い。
 
 
 
 
ならばあえてここはもう、
 
 
傷ついてやらない
 
 
そう、相手の思い通りにはなってやらない。
 
 
そんな選択もありだよと。
 
 
 
 
人は誰かによって傷つけられたとなると、
そう受けとめると、
 
一気にダメージをくらうという、
 
なんとも不思議な一線があるんです。
 
 
それは、
 
 
「された、やられた」という、
そういうとらえ方になることで、
 
 
こちらは被害者、
うけとめる側に固定されてしまうからかな。
 
 
固定されるともう、
 
ただただパンチを受ける側、
サンドバッグ状態になってしまうので、
 
 
ダメージばかりが積み重なります。
 
 
そして、
 
 
○○にやられたとインプットされることで、
 
相手がやけに強大な存在として、
あなたの中に君臨してしまうと。
 
 
 
…でもなんかムカつきません?そんなの。
 
 
 
なんでこんなムカつくやつが、
私の中で勝手に王様気分を味わってるんだと。
 
 
 
 
 
 
 
ならばもう、
 
相手の挑発に乗ってやることなんてせず、
 
 
傷つけようと投げかけてくる言葉なんかも、
まともに相手にすることもせず、
 
 
 
 
傷ついてやらない。
 
 
 
 
私の意志で、私の判断で、
それをチョイスする。
 
 
となれば、
 
 
受け身ではなくこちらが主、
主軸になりますから。
 
 
意外とね。
ダメージって和らぐんです。
 
 
 
同じ言葉を聞いたとしても、
 
・相手に自分を明け渡し振り回されるか、
 
・自分が手綱をにぎり相手を動かすかによって、
 
 
心へのダメージってけっこう変わるんです。
 
不思議に聞こえるかもしれませんが。
 

表面上は、
頭を下げたり愛想笑いをする、

そういうこともあるかもしれません。


でも私の心は、


傷ついてはいない、
傷ついてはやらない。


私が選ぶ。私が決める。


 
私たち人間って、
 
される、やられる側になると、

無力な自分をみとめると、

とたんに敏感になり、
過剰に感じやすくなるのかもしれません。

 
それはきっと、
 
私たち人間だけではなく、
動物などもきっとそうなんでしょうけど。
 
 
 
 
 
 
というはなしをちょっと、
とりあげシェアしてみました。
 
 
傷ついてやらない。
 
あんたなんかに私を傷つけさせない。
 
 
これもまたある意味、
尊い選択かもしれませんよね。
 
 
 
「私」があるからこそできる選択。
 
「自尊心、誇り、気高さ」から生まれる選択。
 
 
 
そうしてもいいんだよと。
 
 
私なんかが…じゃなく、
 
 
傷ついてやらない。
あなたの思う通りにはならない。

私が選ぶ。
 
 
そうしてもいい。

 
そういうことなのかもしれません。
 
 
 
 
 
 

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