これでもまだ私のほしいものをあなたは与えてくれないの? | 京都大山崎 言い訳をやめて夢実現!「できない」が「やりたい!」へと変わる潜在意識カウンセリング 潜在意識専門家(公認心理師)

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奇跡は「自分」でつくるもの!見える世界と見えない世界をつなげます。おもいこみにふりまわされるのではなく、潜在意識を活かして輝く!受け身ではなく、主体的に生きる方法をお伝えします。

ご訪問ありがとうございます
グリーンフォレストの森口です
(^ー^)

 
 

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暖かいお布団の中で響く、
非業な目覚ましのアラーム音。
 
 
5分ごとに2度鳴るよう、
スヌーズ設定にしているんですが、
 
 
あの5分がね。
 
 
世界で最も早く感じる、
5分なんじゃないかってくらい、
 
最速感はんぱなし( ̄д ̄)
 
 
 
あと5分だけ~のあのごにょごにょ感、
 
何とも言えない今日この頃です。
 
 
 
 
 
連日違う人にお会いしながら、
 
 
いろんな話をお聞きする中で、
「気づき」を感じる生活もはや7年目。
 
 
10代に入る前の子供達から、
60代を超える人生の大先輩まで、
 
 
 
様々な年齢層の多様な価値観にふれることで、
 
 
絶対的な正解、正義って、
ほんとに「ない」もんだなと、
 
 
毎日毎日繰り返し繰り返し実感するような、
 
そんなこの7年でもあったかなと思うのですが、
 
 
 
絶対的なものがない中で唯一、
年齢や経験に関係なく共通しているもの、
 
 
唯一「ある」と感じるもの、
 
 
それもまた繰り返し連日感じているんです。
 
 
 
その「ある」と感じるものとは、
 
 
 
愛されたいという理屈なく湧き上がる本能的な欲求。
 
そして、
 
安心したいというこれもまた理由なき本能的な欲求ですね。
 
 
 
合わせればそのまんま、
 
 
 
疑う余地もないくらい、
 
不安なんてものを感じないくらい、
 
 
今自分は愛され受け入れられているという安心、実感、
 
それが欲しい、それを感じたい、
 
 
 
どの人もみんな持っているその欲求、
 
 
 
もしかしたらそれは、
 
お腹の中にいたときからずっと、
 
私たちが持ち続けているものなのかもしれませんね。
 
 
 
 
 
受け入れられるここちよさ、安心、
 
 
これがまだ自分の中に、
感覚的にも残っているとき人は、
 
 
こころの余裕や安定、
 
そういったものが「ある」のかもしれませんが、
 
 
 
言葉には置き換えにくいその感覚が薄れてきたとき、
 
 
 
徐々に目減りし、
枯渇したように感じる時にはどうやら、
 
 
誤作動というのか、
 
「すぎる」といった現象は起こりやすいんでしょう。
 
 
 
消えゆくその安心を求めて、
 
薄れるその心地よさを求めて、
 
 
 
不安や焦りが大きくなることもあり、
 
 
「あなたの経験から知る方法」でもって、
 
エネルギー源を探し補給しようとする、
 
 
早く補給したくなるんでしょうね。
 
 
 
そりゃそうですよね、
 
補給しなくちゃ枯渇して、
 
 
からっからになってしまうと私たちは思ってますから。
 
 
 
 
 
 
なぜ私には居心地の良い場所がないのか、
 
 
なぜあの人に与えられている愛が、
私にはないんだろうか、
 
 
そう思えば思うほど、
 
 
私たちはどうしても過去の経験へと目を向けて、
原因探し、犯人捜しをしてしまい、
 
 
この人のせい、この環境のせいでという、
 
最適な原因をみつけ引っ張り出し、
 
 
責め攻撃し、謝罪を求める、
 
ひれ伏させるということをやりがちなんですが、
 
 
でも実際のところ、
 
 
そうしてもらったとしても満足なんて得られないし、
 
 
謝罪させたからといって、
 
 
さぁじゃあ今から、
私の思う良い関係性ができるだろうというのは非現実的で、
 
 
相手にしてみたら、
 
責められたやらされたという感覚が、
どうしても強く印象付けれられますから、
 
 
 
これもまた心地よいものにはなりにくいのが現実。
 
 
 
欲しくて求めて行動したはずなのに、
 
 
望む現実どころか、
ぎくしゃくした居心地の悪さ、
 
 
そこを目の当たりにして困惑する、
 
 
そんなことが多いのもまた事実なんですよね。
 
 
 
 
 
私たちが望む、
愛されているという安心は、
 
 
誰かが与えてくれるものではなく、
 
あなたの中でつくり上げられるものだとわかってくると、
 
 
 
人を責めたり強制したりすることが、
 
どれだけ望む現実から引き離していくことにつながるかが、
 
 
おぼろげにでもわかってくるんですが、
 
 
枯渇して欲求がどんどん強くなり、
 
 
なりふり構わずいかねば、
自分がヤバイ!…くらいの域にちかづいてくると、
 
 
いろんな方法でもって補給する、
 
いやむしろ、
 
誰かから奪ってまでも自分を満たそうとするくらい、
 
 
 
「すぎて」しまいます。
 
 
 
本人は必死になりすぎて気づかないんですが、
 
 
第3者、他人から見るともう、
考え方も行動も不自然に見えて、
 
 
補給が執着にすら見え引いてしまうんでしょう。
 
 
 
 
なんでそんなに○○にこだわるの?
 
どうしてそんなに○○しようとさせるの?
 
どうしたらそこまで○○の事ばかり考えられるの?
 
なぜそんなに○○の事を見下すの?
 
どうしてそこまで○○を独占しようとするの?
 
 
 
こんな言葉が誰かの口を通して耳に入ってきたり、
 
実際にフォカースしている相手から言われたりしたときには要注意
 
 
 
あなたは気づいてないんだろうけれど、
 
いま無意識の「補給活動」が行われていて、
 
 
 
目盛りが増えないように感じるのか、
 
少し過剰になり始めている可能性が高いんです。
 
 
 
補給じゃなくて執着になりつつあり、
 
 
自分じゃなく相手こそが、
 
枯渇したその部分を埋めてくれるに違いないと、
 
 
そう勘違いしちゃってるんでしょう。
 
 
 
現実だけを見ると、
過ぎた行動や、過剰な欲求なのかもしれません、
 
 
激しい責めや、
責任転嫁のように感じられるかもしれませんが、
 
 
 
ずーっと奥深く、
根底にまでたどり着くと見えてくるのは、
 
 
 
疑う余地もないくらい、
 
不安なんてものを感じないくらい、
 
 
今自分は愛され受け入れられているという安心、実感、
 
それが欲しい、それを感じたい、
 
 
そんなシンプルなおもい、欲求があるだけですから。
 
 
 
欲しいのはそれ、
 
求めているのはそれ。
 
 
でもみんな求める「方法」が違うから、
 
 
ややこしく見えちゃうし、
 
現実だけを見ると翻弄されちゃうから、
 
 
訳が分からなくなるんでしょうね。
 
 
欲しいからちょうだいと思う、
 
でも与えられていないように感じた。
 
 
だったら、
 
 
心配させたら見てくれる?
 
いい子になったら与えてくれる?
 
ちゃんとしたらよしよししてくれる?
 
 
だめ?
 
 
じゃあもっといい子になる、ちゃんとする、
 
言われたことちゃんとする。

 きちんとなんでもちゃんとする。

わがままだって言わない。
 

それでもだめ?

 
え?これでもだめ?
あれでもだめ?
 
 
 
もう!じゃあわかった!
 
こうしてやる!
ああしてやる!
 
 
 
反発、復讐、支配、管理、
 
禁止、独占、比較、強制、制限…
 
 
 
これでどう?!

これなら私の欲しいものをくれる?
 

私は悪くない!
 
あなたが悪いんだから!
 
あなたが与えてくれないから悪いのよ!
 
 
 
私をもっとお姫様のように扱いなさいよ!
 
俺をもっと王様のようにあがめろよ!
 
 
 
お前が悪いんだ!
 
あなたが悪いのよ!
 
 
 
…、
 
 
 
どうでしょう?
 
イメージできますか?
 
 
 
シンプルに欲しいものがあっただけなのに、
 
本音を見失い、
 
相手が求めるものを与えてくれると思いこんだら、
 
 
手に入れるまで、
 
相手が望むものを与えてくれるまで暴走は止まらない、
 
 
責めに責めて、
攻撃に、支配に、処罰にと、
 
 
 
いそがしいっちゃありゃしない(--)
 
 
 
ほしいのはみんな一緒。
 
 
 
でもそれを、
 
誰かが与えてくれると、
幼子のように誰かをずーとみて待っているのか、
 
 
満足ってむしろ、
受けとめ方ひとつだよなと、
 
そこに気づいて、
 
 
自分の満足するものを行動から探しだし、
自分に与えてあげるのか否か、
 
 
 
それだけで違うんですよね、
 
それぞれが見る「現実」というのはね。
 
 
 
骨組みはシンプルなんだけれど、
 
肉付けによってややこしく複雑になっていく現実。
 
 
 
おもいこみや勘違い、
 
先入観や固定観念ってスゴイです。
 
 
 
それひとつで幾通りもの現実を生み出していくんだから。
 
 
 
 
 
 
 
あなたのなかになにがまだ眠っているのか、
 
あなたはなにをまだ待ち続けているのか、もち続けているのか。
 
 
 
気づくってホント大事。
 
気づかなければもうそうれは無意識、
 
「ない」んですからね。
 
 
 
今週も連日いろんな話を聞いて、
 
なるほどなるほどと気づきを共有して、
 
 
 
シンプルなものほど見えないんだと、
 
改めて実感するような次第で。
 
 
 
人生ってほんと多種多様、
 
ある意味自由だし、
 
自分次第でいかようにも変わるんだなと。
 
 
 
…なんて思っていると、
 
 
今年の夏にヒプノセラピーを受けた方から連絡があったんです、
 
 
 
今のお仕事を続けつつも、
 
未知なる世界に飛び込むために、
 
自分の望みを実現するために、
 
 
お仕事前の早朝に勉強して、
 
体調を整えるためにウォーキングを習慣化させて、
 
 
 
 
この度無事ある学校に合格したと\(^o^)/
 
医療系に進むと。
 
 
 
お子さんがいらっしゃるシングルマザーの彼女。
 
 
ヒプノセラピーの中で大事なことを思い出して、
 
すぐさま行動にうつされてね。
 
 
誰かに安心や満足を与えてもらうんじゃなく、
 
みずから動いたんです。
 
 
環境から考えてもその「決断」は大きなもの。
 
年齢だって40代。私と同じくらいです。
 
 
 
ほんとに尊敬します。
 
 
 
私(森口)と出会えて本当によかったと、
 
そうおっしゃってましたが、
 
 
私の方ですよね、
 
元気や勇気をもらったのは。
 
 
 
彼女を見ていても、
 
そしてこのタイミングでメールをいただいたのも、
 
 
スゴイなと思うんです。
 
 
人生は自分次第、ホントそうだと。
 
その通りなんだと。
 
 
 
 
潜在意識
やっぱりスゴイ
 
 
 
 
筋書きのない毎日のなかで、
 
必要なものを見て聞いて感じさせてくれるんだから。
 
 
 
 
ありがたやありがたや(´-ω-`)
 
人智を超えるってこういうこと。
 
 
 
ということで、
 
 
 
私も専門学校の8本のレポートと、
  

これから向かう、
某NPO法人での子供カウンセリング、
 
 
 
頑張ってきます!
 
私のために。
 
 
 
 
 
 
 
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ありがとうございました