息子の部活引退試合に、
テレビをにぎあわせた吉本芸人さんの会見と、
いつも以上に、
感情のアップダウンが激しかった今週末。
感情ってエネルギーそのものだから、
激しく上下すると、
たとえ体を動かしてはいなくとも、
エネルギーを消耗するので激しく疲れを感じるし
泣いたりしたらもう、
目がしょぼしょぼしちゃうもんだから、
そのまま眠りにつきそうな勢いに(==)
と考えると、
感情が動くというのは健全な証拠なのかもしれませんね。
体力気力に余裕がなければ、
感情を動かすような余力もないので、
無気力になってしまいますから。
引退試合となった今週末の地方大会。
9つの中学校でのトーナメント戦で、
勝ち上がった上位2校が次なる地方大会へと駒をすすめ、
最終的には(京都)府大会へとつながる、
中学生にとったら大きな大会になるんですが、
この土日、2日間にわたり男女ともに熱戦がおこなわれ、
息子の学校はなんと☆十数年ぶりに、
次の地方大会へと駒を進めることになり、
週末の大会では準優勝という結果になりました。
中学的には、
いままでずーっと初戦敗退だったらしいんですが、
息子の代から徐々に強さを発揮して、
2年前の1年生新人戦優勝にはじまり、
そのほかの試合でもいい結果をだせるようになってきて、
引退試合となる週末の大会では、
思いがけずの準優勝。
まさかそこまでの、
好成績を出せるとはおもっていなかったのか、
3年生はこの土日で引退だと思っていたのに、
まだまだこれからも大会まで部活の練習が続くことになり、
息子からしたら、
うれしいやら戸惑いやらで、
なんとも複雑な心境らしく( ̄▽ ̄)
親としてもこの土日で試合観戦も終わりかーなんて、
すこししんみりしてたのが、
思いがけずまた大会観戦が必要となって
どう予定を立てようか少し混乱する始末( ̄▽ ̄)
でもこれはまぁ嬉しい悲鳴。
トーナメント戦で勝ち上がるということは、
そこにはどうしたって敗退する学校もあるわけだし、
その学校の3年生たちは、
どうしたって引退ですからね。
7月ならではの光景かもしれないけど、
試合が終わるたびに、
あちらこちらで泣いてる子たちがいたので、
3年間お疲れ様という思いと、
そういう感情もまた、
のちに思い出という宝になるんだろうなとも思ってみたり。
子供に限らずだけど、
全力投球できるってほんとにすばらしいこと。
勝ち上がった子たちも、
今日が引退のその日となった子たちも、
みんなよくがんばりましたと、
拍手をおくりたいと思います。
小6からバスケをはじめて、
中学で友達といっしょにバスケ部に入部し、
そこからいろんなを経験しながら、
心も体もすこしづつ成長を重ねてきた我が家の息子。
ひとりっこということもあるし、
もともとの性格というところもあるんだろうけど、
ガンガン前に出るタイプじゃないだけに、
バスケという競技に戸惑うことも多く、
誰かのボールを奪うことに遠慮があったり、
がむしゃらさハングリー精神が、
うまく発揮できことで本人も葛藤したりもしたんだけど、
ないものに目を向けるよりかは、
あるものを生かした方が楽しいよという私の思いもあって、
いつも人に恵まれるという、
息子の持ち前のコミュニケーション能力に目を向けさせ、
「できる」ということを強く感じるよう、
できてるところに目を向ける、
やろうとしたことを認めるほめる、
意識の向ける先をつねに修正しながらフォローし、
徐々に本領発揮していったその過程では、
潜在意識の話をしたり、
本人希望でヒプノセラピーをしたこともあったので、
この3年間の部活動は、
息子はもちろんでしょうけど、
私としてもとても思い出深いものとなりました。
可能な限り、
試合や大会には主人と一緒に足を運び、
経験のない高揚感もともに感じさせてもらえたし、
指、足の骨折、
腰痛、膝痛のための通院、
目の上を切って縫合なんてこともあったけれど( ̄▽ ̄)
それもまた今では笑い話として、
森口家では語り継がれてますから、
これもまたいい思い出かなと思っています。
今日の大会は、
そんないままでの経験すべての集大成。
苦悩や葛藤を超えて、
遠慮なく自由にのびのび自分のプレーをしていたので、
親としてはほんとによかったなとほっとしてます。
1年の時からずっとスタメンでやってこれたのも、
泣いたり笑ったりしつつもあきらめずに、
今までやってこれたから。
その姿に私もいろいろ気づかせてもらったし、
その気づきを息子だけのものにせず、
時には自問自答しつつ、
私も肚を決めて実行したときなどもあったのでね、
ほんと息子には、
その姿でもって色々教えてもらったなと思います。
失敗してもへこたれても、
そこからまた立ち上がって顔を上げたら、
見えていたようで見えなかった景色が、
うっすら見えてくるときって必ずあります。
誰しも間違うし失敗するし、
完全無欠の完璧なんて私はないと思っています。
そう思っていると、
そこまで失敗した人をたたくことってないと思うんだけど、
失敗を「負」
間違いを「悪」と決めつけてしまうと、
そうであってはならないと思うのか、
そうであるべきではないと思うのか、
同族嫌悪でやけに、
失敗した人、過ちを犯した人を攻撃し始めます。
だけど、
攻撃する人も、攻撃される人も、
我に返って自分の「過ぎた」部分に気づくときって、
わすれていた感情がよみがえったり、
誰かのやさしさに触れたときなのかもしれませんね。
思いが通じたとき、
相手を理解できたとき、
相手が理解してくれたときって、
過ぎた部分が自動的に調節されて、
忘れてしまってたほんとの思いが、
内側から自然と湧いてくるのかも。
テレビを見て、
試合を見て、
頑張る子供たちの姿を見て、
人が人を思うその気持ちや、
つながり、恩、本音などをふと、
思い返したこの週末。
いま私たちはみな何の気づきを促されているのか、
考えてみるにはいい機会なのかもしれません。
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