周囲の農家が、木村に向ける視線が微妙に変化するのと まるで並行するように、木
村が外注を見る目にも、ある種の変化が起きていた。
葉を食い荒らす憎い敵とばかり思っていたころには見えなかったことが、少しずつ見
えるようになっていたのだ。
あのさ 虫取りをしながら、ふと、コイツハどんな顔してるんだろうと思ったの。
それで家から、虫眼鏡を持ってきて手に取った虫の顔をよく見てやったんだ。
そしたらこれがさ ものすごくかわいい顔してるんだ。
あれをつぶらな瞳って言うのかなぁ。
大きな目でじっとこっち見てるの。
顔を見てしまったら憎めないのな。
私もバカだから、何だか殺せなくなって葉っぱに戻してやりました。
私にとってはにっくき敵なのにな。だけどさ 害虫だと思っていたのに、よく見たら
かわいい顔してるんだからな。
自然っておもしろいもんだと思って、今度は益虫の顔を見てみたわけ。
害虫を食べてくれる ありがたい虫だよな。
ところが、これが怖い顔してるの。
くさかげろうなんてさ まるで映画に出てくる怪獣みたいな顔してるんだよ。
あ~ そうなんだと
人間は自分の都合で、害虫だの益虫だの言ってるけど
葉を食べる毛虫は、草食動物だから平和な顔してる。
その虫を食べる益虫は、肉食獣だものな。
獰猛な顔してるのも当たり前だよ。
こんなに毎日 虫取りしてたのに、虫のことを何も知らなかったわけだ。
リンゴの木には、色んな虫が卵を産むけど、考えてみればどの卵からどの虫が孵るの
かもわからなかったし、その虫がどんな成虫になるかも、自分は知らなかったと思っ
てな。 それからだんだん虫を観察するようになったわけ。
どんな風に、葉を食べるのか?
一日中眺めていたりな。
卵を見つけたら、片っ端からとっていたけど、ちょっとだけ残しておいて、毎日記録
をつけるとかな。
色んな虫を取ってきて、家で飼ってみたこともある。
そお言えばそれで失敗したこともあったな。
うっかり何日か目を離していたら、虫が全部蛾になってしまってな
部屋中を蛾が何十匹も飛び回ってるの。
アハハハ 観察どころではなかったな。
だけど、同じ種類の蛾でも、オスとメスでは飛び方が違うんだよ。
私はそんなことも知らなかった。
ほんとに、虫の世界は不思議だよ。
例えば、木の幹に産み付けられる害虫の卵は、木の幹の色をしている。
保護色なわけだ。
これがだいたい直径5ミリの固まりなんだけど、その一つの固まりに50個の卵が並
んでいる。 それでさ その卵の固まりから、10センチぐらい離れたところに、別
の卵が2個産んであるの。
これがてんとう虫の卵なわけ。
害虫が孵化するのを益虫が待っているわけだよな。
ところが、害虫も、ただ食べられるわけじゃない。
50個の卵は、いっぺんに孵化しないの。
まず半分が孵化して、リンゴの葉っぱを食べに向かう
それで、半分の虫が1センチくらい育ったころ、残りの半分が孵化する。
てんとう虫は、丁度そのタイミングで孵化するの。
孵ったばかりで自分も小さいから、後から孵った半分の害虫を食べて育つの名。
先に孵った半分は、その間に葉っぱをどんどん食べて大きくなって生き延びる。
つまり、後から孵った半分は、てんとう虫に食われるために生まれてくる。
先に孵った半分を生き延びさせるために、犠牲になるために生まれてくるわけだよな
。 あれ見たらびっくりするよ
虫たちは、どんな世界に生きているんだろうとな
こんなプログラムを、誰が組んだんだろうと
ものすごく不思議な気持ちになった
私つくづくさ
自然と言うものは、何と良くできたものだろうと思いました
大げさかもしれないけど、地球が在るのもこの小さな虫たちのおかげじゃないのかな
ってな。
自然の中には、害虫も益虫もいない。
木村はその当たり前の真理に気づいたのだ。
人間が外注と呼ぶ虫が居るから益虫も生きられる。
食うものと食われるものが居るから、自然のバランスが保たれている
そこに善悪はない
病気や虫の激発にしても、バランスを回復させようとする自然の働きなのではないか
森の土壌の豊かさに気づいて雑草をはやすようになってから、リンゴの木はゆっくり
と健康を回復しつつある。
畑の地下では、リンゴの根が順調に伸びているのだろう。
グラグラと揺れる木は、めっきり少なくなった。
だからと言って、虫が居なくなるわけでもなければ、病気を齎すカビや菌類が消える
わけでもなかった。
自然化不自然化と言うことで言うなら、コウカサス山脈生まれのリンゴの木が、ここ
に在ると言うことが、そもそも不自然なのだ。
どんぐりの木があそこに在ったのは、自然がそれを受け入れたからだ。
その年降った雨の量・湿度や温度
あるいは周囲の植物との関係。 そお言う条件が地面に落ちたどんぐりに適していた
から、あそこで育つことができたのだ。
どんぐりの木を選んだのは自然であり、自然が必要とするからそこに在る。
その関係が変われば、どんぐりの木は静香にかれていくだけだ。
リンゴの木は違う
リンゴの木を植えたのは人であり、リンゴの木を必要としているのは、あくまでも人
だ。
自然の摂理に従うのなら、おそらく かれるしかないだろう
そのリンゴの木を、何とか生かそうとするのは、人間の都合なのだ。
それが農業と言うものであり、農薬を使おうが使うまいが、それは同じことだった。
つまり、木村の抱えていた問題は、自然の摂理と人間の都合の折り合いをいかにつけ
るか? と、言う問題でもあった。
折り合いのつかない部分が、虫や病気として現れていたわけだ。
農薬は、いとも簡単に、その問題を解決する。
虫が発生すれば殺す
病気が蔓延すれば消毒する
その結果として、自然のバランスが、深い部分で傷つけられていた。
山の土と畑の土を比べれば、それはあまりにも明白だった。
極端な言い方をすれば現代の農業は、自然のバランスを破壊することで成立している
のだ。
その農薬の代わりになる物を探して、木村は失敗した
失敗して良かったのだ
もし、農薬と同じくらい虫や病気に効く食品を発見していたら、たとえそれが人間に
とっていかに無害な物であっても、結局は農薬を使うのと同じことになったはずだ
どんぐりの木を、リンゴの木と見間違えることも無かっただろうし、土の大切さにも
気づかなかったのにちがいない。
いわき山で学んだのは、自然と言うものの驚くべき複雑さであった。
その複雑な相手と簡単に折り合いをつけようとするのが、そもそもの間違えなのだ
自然の中には、害虫も益虫もない
それどころか 生物と無生物の境目すらも曖昧なのだ
土・水・空気・太陽の光に、風 命を持たぬものと
細菌や微生物 昆虫に雑草 樹木から獣にいたるまで、生きとし生ける命が、絡みあ
って自然は成り立っている
その自然の全体と付き合っていこうと木村は思った。
自然がおる生態系と言う織物と、リンゴの木の命を調和させることが、自分の仕事な
のだと
農薬を使わなくなって分かったことがあるの名。
農薬を使っているとリンゴの木が虫と病気と戦う力を衰えさせてしまうのさ。
楽するからいけないんだと思う。
車にばっかり乗ってると、足腰が弱くなるでしょ。
同じことがおきるわけ。
それでな リンゴの木だけじゃなくて、農薬を使っている人間まで、虫や病気に弱く
なるんだよ。
病気や虫のことがわからなくなってしまうの。
農薬さえまけば良いから、病気や虫をちゃんと見る必要がなくなるわけだ。
人のことを言っているんじゃなく、この私がそおだった。
害虫の卵は、保護色だと言ったでしょ
小さいし枝でも葉でも産み付ける場所と同じ色をしてるから、なかなか見つからない
のよ。
おまけに、どの卵から どの虫が孵るかわからないから、害虫のそばのてんとう虫の
卵を取っ手しまったりな。
てんとう虫の卵は、オレンジ色をしてるから、むしろ見分けがつきやすいんだ。
害虫を目の敵にして無我夢中で虫取りをしているうちは、そんなことすら気がつかな
かったわけだ。
落ち着いて虫たちのことを眺めるようになって、ようやく色んなことがわかるように
なったのな。
例えば、ある日木村は、保護色で見分けのつきにくい その害虫の卵が変色して白く
なっていることに気づく。 それが何故かなどと考える前に、卵を潰していただろう
けれどそおわしなかった。
毎日見ていると、その内卵が孵化して、小さな幼虫が出てきた。
白く変色してから、一週間目のことだった。
もしやと思って、同じ種類の卵を見つけるたびに、記録をつけた。
どの卵でも同じことだった。
孵化する一週間前になると、その卵は変色して白くなるのだ。
それがわかってから、害虫の卵の駆除が楽になった。
変色するまでは、卵は絶対に孵らないのだ。
白くなった卵だけ取ればいい。
不思議なことに、その白い卵を樹皮からこそげ落とすと、蟻や蜘蛛などの地面に居る
虫たちが、すぐに集まって跡形もなく食べつくしてしまう。
まるで、木村が落とすのを待ち構えていたかのようだ。
その白い固まりが卵で、その中には孵化を目前にした幼虫がつまっていることを、蟻
や蜘蛛は何故知っているのだろう。
卵が白く変色することに気づくまでに、自分は何年もかかっていると言うのに
てんとう虫にしてもそうだ。
てんとう虫だって、卵を産むのは初めてだろうに、害虫の卵がどこに在るのかわかっ
ているのだ。
そうでなければ、まるで計ったように正確に害虫の卵の直ぐそばに、卵を産み付ける
ことは出来ないはずだ。
自然と言うのは、考えてみれば不思議なことだらけだ。
人間は長い時間をかけて、ひたすら観察しなければ、生まれたばかりの虫ほども自然
のことがわからないのだ。
さすがに30年もリンゴの木と付き合ってきた今では、リンゴの木を見ただけで、虫
が卵を産むならここだと言うことが、直観的にわかると木村は言う。
直観に従って、見るべき場所を見ると、ちゃんとそこに卵がある。
保護色だろうが、小さかろうが、害虫の卵に木村の眼を逃れるチャンスはない。
もしそこに無ければ、その木には、卵は産みつけられていないと言うことだ。
そお断言できるほどに、虫のことを理解するようになった。
妙な言い方だけど、てんとう虫には敗けていない 数少ない人間なのだ。
でも、そおなるまでには長い歳月がかかっているわけだ。
病気の対策も同じことだったな。
「リンゴが教えてくれたこと」から 木村あきのり
9月に入ると津軽地方は夜の温度と日中の温度で差が出てきます。
その頃を見計らってリンゴの木に「秋が来たよ」と草を刈って教えるのです。
リンゴの木は、丁度髪を短くしたように、外気温をまともに受けるわけですから
あぁ~ 寒い 夜は寒い日中は暑いと思っているのではないでしょうか?
リンゴの木に聞いたわけではありませんが、きっとそうだと思ってやっています。
以前は、草ぼうぼうのまま 雪の降るまでほおっておきました。
しかし、リンゴは一つも赤くならなくなったことがありました。
みかんは、草ぼうぼうにしても色がつくのに、何故リンゴだけは、青いままなのかわ
かりません。
リンゴは、赤くならずに雪が降っても青いままです。
何でだろうと思いました。
何事も実験です。
翌年、四か所あった畑の草を、それぞれ半分ずつ刈りました。
畑の半分を刈って、半分は刈らずに草ぼうぼうのままにしました。
すると 草を刈ったところだけ、リンゴの色がつきました。
自然と言うのは、ただ手を加えないで、そのままほおって置けば良いと言うものでは
ないようです。
自然を上手く利用するのが、人間ではないでしょうか。