みなさん、こんにちは👋😃
ほのぼの まきのすけ🐲です😊
老犬と
近くの道の駅へ。
春休み・土曜日・心地良い天気。
家族連れの客が多く、
芝生公園内で走り回ったり
フリスビーで遊んだり、
子どもたちの歓声が激しい。
(普段は、他の客を見つけるのは至難の業……![]()
)
リードをつけられて
テクテクと歩く犬たちを見て、
ウチの老犬も
あーやって元気にココを歩いてたよなー
と懐かしむ。
公園の端でゆっくりと過ごし、
帰る頃にふと思う。
老犬と過ごす私と、
芝生内で元気に遊ぶ家族とは
流れている時間が違う。
同じ空間には居るけれど、
同じ時空には居ない
と言えば伝わるのかな?
眼の前の
子どもたちの歓声は、
私には
遠くの心地良いBGM。
だけど、
保育園の子どもの声がうるさいと言う
近所の人は、
きっと
子どもたちと同じ空間・同じ時空に
居座ろうとしているのでは?
と思った。
言うなれば、
いつまでも「現役」でいたい的な❓
同じように、
職場(芝生内)では
皆と同じテンションで
同じように動く事が良しとされ、
逸脱は人間失格を意味した。
けれど本当は、
誰もが自分の時空の中で生きており、
周りの人は
同じ空間にただ居合わせただけの人。
挨拶した時には交わり、
話が終われば
また自分1人の時空に戻る。
きっとさ、
自分含めて多くの人が
自分1人の時空に戻る事を忘れてしまうから
苦しくなってるんじゃなかろうか![]()
仕事で疲れても
家に帰ると家族に癒やされて、
明日も頑張れる。
そんな風に、
外で頑張った自分が
本来の自分に戻れる時間があると
もっともっと良いよね![]()
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そして、
外でも家でも
本来自分で居られたら
もっともっと良いよね〜![]()
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そんな風に思えた
昨日の夕暮れ時の散歩でした![]()
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ほのぼの まきのすけ🐲でした😊👋
