台風とか地震とか絶対くるし来るとされているし、そういうのに備えなければいけないっていうのが当たり前の世界に生きてるけど、それって日本だからなんだな、というのは旅行に行って気が付いたよ。


というのも、彼の地の皆さんの大地に対する安心感というか信頼感は半端ないというか、日本に住まう私からすると油断しすぎなのでは?と思うことがあった。



岩岩してる山!


 

例えば、展覧会会場で使わない縦長の箱馬を縦に積み上げるとかありえなくないですか?なんかすごくナチュラルにそういう片付け方をしてこっそり度肝を抜かれてた。地震がきたら一発で崩れるぞ!と思った。彼らには絶対理解されないだろうから言わなかったけど。地盤がしっかりしてる石の国だから地震なんて来ないだろうし来るなんて思ってもみないんだろうな。プレートが、とかなんて思いもしないんだろうな。

 

なんか、日本にはそういう「いつかはわからないけれどいつかかならず絶対に来る」という脅威があったり、台風みたいに目に見えないけど季節が来ると来ちゃう圧倒的な力ってのがあって。備えはするけれどもう来ちゃって壊れたら仕方ないし諦めるしかないな、もちろん嫌だけど!というものが、存外に私たちの心のありようと関係してるんじゃないかと思った。


 

この写真をみてほしい。

 



 

わかるかな?草原的なところはもちろんそうだけれど、焚き木?をまとめて小屋のようにしてるけれど、その小屋さえもデザインされているというかむちゃくちゃ人為的な感じ。角がきっちりしてる感じとか、自然にまかせない感じとか。

 

ほんと些細なことかもしれないけれど、自然に対する対処の仕方というかそういうのがこの写真に現れているんじゃないかって思った。すごくかっこいいけど、日本ではありえない。真似できない。発想すらわかない。もう自然に対する態度や姿勢が根本から違うんだと思わされた。

 

彼らは自然は圧倒的なものではあるけれど、人が介入して形を変えることは可能だと素朴に信じてる感じがした。私たちはもうそのあたり自然に対して無力だし、あまつさえ自然をデザインするなんて思ってもみないというか。


自然によって人間が作ったものがいとも簡単に壊れたり崩されたりすることが当たり前だなっていう気持ちがあるからか(諸行無常!)、そういうところが仏教観に裏打ちされてるのかもだけど、建築物とか古いものをぶっ壊して新しいものを絶えず作ろうとするのかなって思った。


 

 

8/17

朝ごはんはダジオグランデのバイキングで。これは本当に助かったなあ。




果物とかパンをこっそりポケットに入れて、昼ごはんとかにしてましたw

 

 

この日は展示会場をひたすら設営。

 

 

 

 











展示、最初は平べったく並べようとしてたけれど、建物の良さを出す展示があるのでは?とスイス人アーティストの素晴らしいアイデアで動的なパネルの配置になったのでした。

 



見たことない定規「pro one」回転させて伸ばしていくスタイル。便利そうなので買って帰りました。

あと、額の裏を釘でとめるスタイル。おもろいよね。


 

この日もとにかくくたくたになりすぎて、同行者と部屋でグミを食べて慰めあった。

 

夜はアーティスト家族たちと食事会。写真撮れば良かったね、全然覚えてない。疲れすぎちゃってたんだな。

 

庭では明日のパフォーマンスに備えたアーティストたちがリハーサルをしていました。