水木さん、亡くなられましたね。
御歳93!
よく生きた!と思いますが、まだまだ怪物としてこの世にとどまっていてほしかったようにも思います。



先日、落選の知らせをアトリエの先生に伝えたときに

「君は一人の個人のようでいて、全くの完全な個人ではない。
どんな個人も歴史や地域などの背景から切り離す事は出来ない」

「だから、作るものもどこかに歴史や地域を感じさせるはずだし、
作っている、というより作らされている、ようなシャーマン的な要素があるはずだ」

というような言葉を頂きました。


そのことを、ずっと考えてました。
そしたらこんな本に出会ったのです。


人間の建設 [ 小林秀雄(文芸評論家) ]


文芸の天才・小林秀雄と
数学の天才・岡潔の対談集です。



これ、書かれてある事が天才すぎてわからないことも多くあるんだけれど
ところどころハッとすることが書いてあって。


前述の先生の言葉と重なるような事も語られていて、
その中で岡さんが

「すべてのことが人本然の情緒というものの同感なしには存在し得ないということを認めなくてはなりません。女性のモデルを女性としてよりも妙に取り扱う、けもの的に取り扱う。そういう状態でよい絵がかけたら、絵について考え直さなければいけないが、幸いよい絵はかけていない。そのことに気づかないといけない状態です。」

なんてことを話されており、
その根底には「人類にとってプラス」かどうかが基準であるように
私には読み取れました。



話がでかいね~。



でかいのだけれど、先生のおっしゃることや岡さんのおっしゃることは多分同じ事なんだと思います。


次の人類の為の布石の布石の布石の小石としての自分が、何ができるんだろうか、
ってことです。すごい大上段な話だけど!



そんで、水木さんの話でいくと
人類にはものすごくプラスだったと思う。
目に見えない存在を見に見えるかたちにおきかえた、しかもわかりやすく楽しく!
点描と日本の湿った空気、その表現も発表当初、もちろん今もインパクトがでかかったんじゃなかろうか。


水木さんは確実に新しい世代の為の、でかい布石だったと思う。




話はおおきくヘアピンカーブする。

先日のアウトデラックスで、ロマンス中野というオタ芸を疲労する若い女性が登場しておりました。(youtubeと、分かりやすいまとめがあったのでリンクをはっておきますが)

端的に説明すると、ロマンス中野さんがブラック企業に苦しんでいる人にむけ、オタ芸を踊る事で励ますという趣旨のパフォーマンスをする、というものです。


https://www.youtube.com/watch?v=4NppbVfFzkA

女性ヲタ芸師・ロマンス中野の強烈すぎるキャラがじわじわくると話題に




で、中野さんは番組内で12回もの駄目だしを出されて、
駄目だしをされてもなお必死に踊るのです。
最初の方こそ、まるで「?」なパフォーマンスが、最後の方は感動的なパフォーマンスに昇華されていく様子に、私は感動してしまって涙さえ流してしまいました。


どんなにわけがわからない、役に立つかどうかもわからない、むしろ役には立ちそうも無い事さえも、むしろそうであるがゆえに感動をよぶこともあり、
その感動が生きる力になることもあるのかもしれない。

大げさかもしれないけど、そう思い、まんまと中野さんに勇気づけられました。



水木さんのような大きな石じゃないかもしれないけれど、
布石の布石の布石の小さな布石として、しっかり自分の仕事としてせめて必死に今目の前にあることをやるのが小石としての人類への貢献の方法だろうと、
中野さんのダンスをみて確信に近いものを抱いたのでした。


まあ、そんなことを思いました。



すげ~長文!

これを水木しげる先生への追悼文としたいと思っております。先生、ありがとうございました。