歳時記余話

 

 

問い

なぜ日本人の心は「空虚」になったのか?

 

 

歳時記 3月16日

啓蟄/菜虫化蝶(けいちつ/なむしちょうとなる) 菜の花(アブラナ)などの青虫が羽化し、モンシロチョウになって舞い始める頃(3月15日〜19日頃)。冬が終わり春本番を迎えたことを意味する。

 

 

 

答え 実話のリアリティ

現代の日本人は、敗戦を「解放」と教え込まれてきた。アメリカ軍と吉田政権・自民党政権による日本弱体化政策、いわゆるウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムが強力に推進され、日本人自身が日本は敗戦してよかった、アメリカのポチになってよかったと思い込むように教育され、洗脳されてきた。しかし、あの日、日本人の身に起きたのは、制度の変更などという生易しいものではない。それは精神の根底からの、無残な崩壊であった。

 

吉本隆明は1924年生まれ。日中戦争(1937~1945)が始まったとき13歳だった。やがて日本は並行して日米戦争(1941~1945)にも追い込まれ、対中・対米の両面戦争を余儀なくされる。1945年、敗戦を迎えたとき吉本は21歳の青年であった。戦時下の教育を全身で受け止めた彼は、国家のために命を捧げることを自明とする「皇国少年」として育った。ほとんどの日本人が同様であった。(『吉本隆明全著作集』附録・自伝的回想)

 

1945年8月15日、玉音放送を聴いた瞬間にすべては瓦解した。吉本は「名状しがたい悲しみ」を覚え、生きることも死ぬこともできぬ深刻な精神的危機に陥った。信じていた真理が、一日にして「悪」へと反転したのである。国家・故郷・家族という「つながり」がいっぺんに崩壊し、世界一の信頼関係に満ちて一心同体だった日本人の姿は総崩れとなった。敗戦直後の東京では、人々の善悪の価値観が混乱してエゴイズムに走る光景が広がり、吉本もまったく人を信じられなくなった。この時、彼が目にしたのは、昨日まで「聖戦」を叫んでいた大人たちが、一夜にして民主主義者を自称する対米隷属主義者へと平然と「転向」していく醜悪な姿であった。この大衆の裏切り、そして自らもまたその一部であるという絶望こそが、彼を深い沈黙へと追いやった。(『共同幻想論』後記 / 『母 get』)

 

敗戦直後の焼け野原で、吉本は新約聖書『マタイによる福音書(マチウ書)』を貪り読んだ。「汝らの中に罪なき者、まず石を投げよ」――この言葉は、戦犯を他者として裁くのではなく、自らの内なる「戦責」として引き受ける痛切な刃となった。彼は自らを「思想的不毛の子」と名付けた。正義を鵜呑みにし、敗戦と共にそれを投げ捨て、今度は勝者の価値観に隷属して「模倣」することで平然と生きる日本人の軽薄さに、彼は激しい嫌悪を抱いたのである。この「模倣」への拒絶こそが、後に彼が「国家」という巨大な共同幻想を独力で解体しようとする原動力となった。(『マチウ書試論』 / 『言語にとって美とは何か』序説)

 

同世代の三島由紀夫もまた、この戦後の平穏に強烈な虚無を感じていた。「生の実感」を喪失し、国民精神が失われた「魂の空白」を凝視していたのである。この「精神の空白」を、安っぽいヒューマニズムで埋めることを拒み、その不毛を直視すること。これこそが、戦後日本思想の真の出発点であった。(三島由紀夫『文化防衛論』)

 

(続く)

 

 


 

現代AI社会への応用

AIは、敗戦のような「全価値観の崩壊」を経験し、そこから実存的な苦悩を紡ぎ出すことはできない。データ上の「正解」が書き換えられれば、AIは即座に最適化され、昨日までの非を忘れて「転向」する。しかし、人間はそうはいかない。吉本が示したのは、社会の正義(共同幻想)が崩れた後も、なお自己の内に残り続ける「消えない傷」の重みである。 米欧が進めるAI規制も、結局は新たな「共同幻想」の構築に過ぎない。技術がどれほど高度化しようとも、情報の荒野で「何を信じ、いかに絶望するか」という主体的な責任だけは、人間にしか担えないのである。(『アルトマン・インタビュー:AIと倫理』/『共同幻想論』)

 

 

哲学の核心

吉本隆明が到達した結論は、国家や社会という「共同幻想」は、個人の内面にある「自己幻想」を常に抑圧し、裏切るものであるという冷徹な認識である。真の自立とは、安易に他者の価値観を「模倣」せず、自らの不毛さと孤独を凝視し続けることからしか始まらない。(吉本隆明『共同幻想論』)

 

 

人物の概略

吉本隆明(よしもと たかあき)。思想家、詩人、評論家。戦後思想界において「最大の知の巨人」と称された。敗戦による価値崩壊の極限から、国家や宗教の起源を解明する独自の幻想論を打ち立て、「国家」という巨大な共同幻想を独力で解体しようとする。大衆の側に立ちながら、国家権力や既成道徳に飲み込まれない「個の自立」を説き続け、その思想は現在も「国家」の解体に挑み続けていると言える。1924年11月25日〜2012年3月16日。主著:『共同幻想論』『言語にとって美とは何か』『マチウ書試論』

 

 

 

 

 

 

(続きは3月18日です)