原文

“I had no idea that there were so many sick people.
My life must be given to this work.”

(Albert Schweitzer, Out of My Life and Thought

 


直訳

「これほど病める人が多いとは、思ってもみなかった。私の人生は、この仕事に捧げられねばならない。」

 


哲学

アルベルト・シュヴァイツァーの思想の中心には、「生命への畏敬(Reverence for Life)」があります。それは、人間だけでなく、あらゆる生命が生きようとする意志を持つ、という素朴で、しかし透徹した哲学です。
シュヴァイツァーは、この思想を論文や講義でつくったのではありません。苦しむ生命を目の前にしたとき、人は何をすべきか。――その一点に、哲学も行為も人生もかけられたのです。彼にとって倫理とは、思考の美しさではなく、行為の責任だったのです。

 


④ 史実の物語

1913年、赤道直下のアフリカ。
現在のガボン、ランバレネ。ジャングルに囲まれた河畔に、一人の医師が到着した。アルベルト・シュヴァイツァー、ときに38歳。ヨーロッパではすでに、神学者として、哲学者として、そしてバッハ研究の第一人者として知られていた。

彼は、ストラスブール大学の講壇も、安定した地位も、知的名声も、すべてを脇に置いて、30歳から医学を学び直し、医師となり、妻ヘレーネとともに、この地へ来たのだ。
(シュヴァイツァー『自叙伝』)。

だが、彼が目にした現実は、想像をはるかに超えていた。熱病に倒れる人々。放置された外傷。寄生虫や感染症に苦しむ子どもたち。幼子を抱えて助けを求める母親たち。診察台も、十分な薬も、治療施設も、病院はおろか患者を治療すべき建物すらない。彼は古い鶏小屋を修理して診療所とした。それでも人々は、「医者が来た」と聞いて、川を渡り、森を越え、次々と集まってきた。

シュヴァイツァー曰く、「病める人がこんなにも多いとは思わなかった。私の生涯は、ここに捧げられる」。

シュヴァイツァー『アフリカの手記』)

目の前で苦しむ一人の人――この存在が、彼の人生を決定づけた。哲学者として長く思索してきた「生命への畏敬」という思想は、ここで初めて、インカネーション(incarnation・具現化)をした。

シュヴァイツァーは鶏小屋の診療所で、白衣を着て診察を始めた。一人を診て、また一人を診る。その積み重ねは、やがて世界中から支援を集め、鶏小屋はランバレネ病院となった。
(G. Seaver, Albert Schweitzer: The Man and His Mind)。

 


現代AI社会への応用

2020年代、医療・福祉・行政・教育の現場に、AIが急速に導入され始めました。効率化、最適化、人的負担の軽減――多くの成果が生まれる一方で、一つの問いが浮かび上がりました。人は、「目の前の一人」を見失っていないだろうか。

AIは、統計としての患者を扱うことができます。しかし不安に揺れる一人の人の表情を、そのまま引き受けることはできません。シュヴァイツァーが示したのは、どれほど時代が進んでも、最終的に目の前の生命に対する倫理を担うのは、人間のまなざしである、という覚悟です。

 


偉人紹介

アルベルト・シュヴァイツァー(1875–1965)
ドイツ生まれの神学者・哲学者・医師。
30歳から医学を学び直し、アフリカにランバレネに病院を設立しました。また「生命への畏敬」を提唱し、1952年、ノーベル平和賞を受賞しました。

 


歳時記

今日は、歳時記はお休みです。

 


今日のヒント

目の前の一人に向き合うことが、世界を支える第一歩になります。