聖書は神の言葉であるが、
それを人間の言葉に翻訳したから、表現がすこしおかしいところがある。
だから後世に教会で作られたイエスのイメージがおかしい。まるで品行方正なオタクみたいなイメージになっている。
しかし本当のイエスはまったく違う。
たとえばイエスの神殿襲撃(マタイ21章12-13)は、
日本語版聖書だと、
イエスは宮に入られた。そして宮の庭で売り買いしていた人々をみな追い出し、また両替人の台や、鳩を売る者の腰掛けをくつがえされた。そして彼らに言われた、「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきです。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」
と記述されている。
しかしこれじゃイエスの勢いと一致しない。
そこでこれをおれの感覚で書き換えてみると、
イエスは群集を率いて神殿に突入した。階段を駆け上がると、鞭をふるって、神殿で金儲けしていた連中を叩き出した。人を騙して金儲けしている銀行屋の店はぶち壊し、ヤツラの金もぶちまけた。人を騙して生贄の鳩を売りつけている連中の店もひっくり返した。そして一喝した。「おれの家は、祈りの家だ! お前らはそれを強盗の巣にしやがった!」
こっちのイメージのほうが真実に近いだろう。
それにイエス自身が自分のことを大酒飲みで罪人の仲間だと言っている(ルカ7章33‐34)
おれの感覚で記述すると、
イエスは言った。
バプテスマのヨハネってヤツはくそまじめな禁欲主義者だからまずいイナゴと野蜜しか食べないが、
おまえらは、そのヨハネが来てパンも食べずぶどう酒も飲まないでいると、「あれは悪霊に憑かれてるんだ」なんて言いやがる。
そのうえおれ(イエス)が来てみんなと飲み食いしてると、「大飯喰らいの飲兵衛め! 悪者どもの親分だ!」と言い立てやがる。
そう、イエスの実像は大飯喰らいで大酒飲みで、売春婦や取税人たち罪人のボスで、
そういう連中を率いて「もっともらしい顔して偉ぶってる律法学者ども」の権威を粉砕し、神殿(当時の最高府)襲撃まで敢行する男だった。
本物のイエスのクリスマスに乾杯したい!
(画像は革命の闘士チェ・ゲバラ。イエスはむしろこういうイメージだったはずだ。)
