人と話すのが苦手 | しあわせのもと「ここ」にあります

今でこそ「沈黙でも平気」とか言ってますが

 

私はずっとコミュニケーションが苦手でした。

(過去形で言ってみたけど現在進行形。ちょっと仮面かぶってみた(笑))

 

それこそ高校時代はピークで人間嫌い。

クラスの中でもひっそりしていて、授業が終わるとまっすぐ家に帰る。

ごくごく少ない友達と肩を寄せ合って生きていました(笑)


 

「女子の輪」が怖かったんですよねー。

 

小学校の時も力のある女子リーダーに敵視されてたし。

中学校の時も女子集団の陰険な性格に辟易してたし。(女子の多い吹奏楽部…)

 

そんなこともあって、高校ではすっかり存在を消す身となりました(笑)


 

優等生の集まる高校だったのでいじめられることはなかったですけどね。

 

そのかわり振り返ってみて、学生時代の中で一番つまんない時代でしたよ(^^;



 

今思うと、「会話」に本当に苦手意識があったんですよね。


 

私はうまく話せない。

 

話す内容が終わって、「で?」って空気になると緊張する。

 

雑談ができない。

 

ディベート形式の場なら発言できる。

(なぜかディベートに力を入れてた学校だった(^^;)



 

そうこうしているうちに

何をいえば正しいんだろう。

この相槌の正解は?なんて

考え出しちゃうから、困り者苦笑

 

やっと「これなら言える」と自分でOKを出せた言葉を言おうとしても

周りはもう次の話題に移ってしまっている。


 

だから、私は頭の中にあることを次から次へとしゃべれる人が信じられない。

 

信じられないけど、

私の周りにはいつも1人か2人そういう人がいる。


 

私は私の思っていることを正確に伝えたくて、

自分で自分の思いを捕まえるまでに時間がかかって

かつ、アウトプットするまでに時間がかかる。


 

それでも何か言わないとつまんない人間だと思われる(>д<)

 

と、コミュニケーションの場は必死でした。



 

大人になって徐々に、

がんばってしゃべらなくても大丈夫なんだな。

ということが分かるようになってきました。

 

沈黙でいても目の前の相手が先に気まずくなって、話題を提供してくれる。

だから私は「沈黙平気な人なの」って言っておけばいいんだな。って

そんな処世術を身につけるようになりました。


 

それでだいぶラクになりました。




 

でも、

 

それでも。

 

「わたし実はつまんない人間なんです」って言うのには抵抗ありました。

けっきょく「つまらない人」を隠して、「大丈夫」の仮面をかぶってたんですよね苦笑

 

そうして「私はつまらない人間なんだ」「それを隠したかったんだ」と言う事を

自分の中で受け入れられるようになってから。

 

さらにラクになりました。


 

そして

意外とつまらなくないんじゃない?と思うまでに(笑)


 

これもまだこの先何かが出てくるかもしれません。

 

でもこうやって螺旋階段を登るように。

何度も何度も同じ景色を見ながら垂直移動をしていくものなのかな思います☆